喚いて詫びろ
男以外を殴るのは初めてだった。手の平で引っ叩いたことはあったが、拳で打つのは初めてだった。そうしたら簡単に身体は崩れて、床に芋虫みたいに蠢いて、丸まった。黒く長い髪がばらばらと床に散った。細い腕が顔まで伸びて殴られた頬を押さえていた。
「…あいつだって、痛かったはずだ」
あいつ。俺の、妹。こいつに殺された。こいつが駅のホームに突き落とした。
当時、犯人はわからなかった。自殺と言われた。だが俺は見つけ出した。ありとあらゆる暴力を持ち寄って、探した。
そして つきとめた。
「あの子が頼んだから」とこいつは言った。寄り道帰りのシェイクをずるずると飲みながら、目を逸らした。
だから殴った。
「…ふ、はっ…はははっ…あは、」
ぐったりと床に頭をつけたまま、こいつは、笑い、腹をうねらせて、口の端からどろりと赤い唾を吐き出した。
「復讐のつもりなのぉ…」
こいつは顔から片腕を離して、覗いた片目で俺を嘲った。大仰な、ガキにでもするような口ぶりだった。腹を蹴るとそれもおとなしくなった。
ぴちゃり、床に、水滴が落ちる。俺の顎先が濡れていた。背中がぐっしょりと湿っているのに気付いた。
「…あんたが殺したくせに」
窓から射した陽に白く舞った埃がちらついた。その奥に目玉。こいつの目玉が俺を向いている。
「あの子、いつも顔腫らして、殺してって、言うから、…押してあげたの、背中」
殴ってたんでしょう?今の私みたいに。あんたが殺したようなもんじゃない、…あぁ、あぁあぁ、でも私が押したんだから、一緒ね、一緒に殺したのね、あんたと、私。
「ねえ、共犯者さん、」
俺はこいつを殺せない。