断片
水族館
彼女と会うのは4ヶ月振りだった。
「遅れてくると思ってたので時間通りには来ませんでした。すいません」
彼女はしれしれと言った。僕は反論をしたかったけれど、彼女の言うとおり遅刻をした。
遅刻をしたし、久し振りに会う彼女に緊張をしていた。
「暑いね。じゃあ行こう」
「はい」
彼女とは職場で出会った。彼女は事務職をしている子で、僕は営業マンをしていた。
時おり話すことがあり、時おり相談に乗ることがあった。
>今までありがとうございました。
>仕事を辞めましたので先輩には報告しておきます。
仕事をしている時の最後のメール。
持ち前の明るさを出すことができなかった彼女。我慢して我慢して我慢する環境に痺れを切らし、爆発。
最後に大きな花火をあげて退職をした、と僕は同僚から聞いた。
僕は聞くばかりで何もしていなかったけど、彼女には感謝されていた。
「先輩がいたから私、4ヶ月もいれたんです。ありがとうございます」
「そんなことはないよ」
深く深く感謝をしていた。
僕は礼儀正しい子だと感じていた。
「30分も待つんですか?別の場所に行きましょう」
「え、待たなくていいの?30分なんてすぐだよ」
「待つの嫌いなんです」
ある水族館へと来たいと言っていた彼女。待ち時間があるのが分かると別の場所に行きたいと言い出した。
人気スポットであるし、混むのは当たり前。
待つといっても30分程度なら、と僕は思っていたけど、「じゃ、行こう」と口にした。
電車で40分移動をし、別の水族館へと着いた。
チケットは僕が買い、彼女は「ありがとうございます」とお礼を言い、中へと入った。
「………」
海の中でしか見ることができない魚を見た彼女。口にすることなく、そそくさと次々と進んでしまう。
たぶん混んでいるからだろう。
休日もあり、ガラスの前で立ち往生している人達の下には向かわない。
孤独を愛する彼女らしい。
「……生臭いですね」
「水族館に来て、それ言う?」
「すいません。つい……」
可愛らしいペンギンがいるというのに、彼女の感想はそのままだった。
誰もが感じはするものの、あえて口にすることをしないことを平気で口にした。
そういえば彼女は可愛いや凄いという感想は口にしなかった。
目をくりくりさせて、可愛らしくほくそ笑むくらい。
とんとん拍子に見ていくものだから30分も経つことなく館内を見終えてしまった。
僕は口にしなかったけど、早いと思った。
「帰りましょう。今日はありがとうございました」
駅に戻り、彼女と別れた。
「何しに来たのだろう?」
彼女を見送り、僕は考えた。
4ヶ月しか在籍しなかった彼女と4ヶ月振りに出会う。
僕たちは恋人関係でも友人関係でもない。先輩と後輩という関係。
不思議な関係だと思いつつ、彼女は待っているのではないか。
数々の本音を口にするけれど、ホントに大切なことは口にせず待っている。
そういうロマンチストなことを妄想しつつ、僕は現実は違うことを知っている。
「片思いでいるのなら別にいいよね」
僕は誰かに言うことなく、家へと帰った。