また、春さる
私と君はお互いに何かが足りていないのだが、それは確実にこれだと言えるものではない。そして、相手の不足物が何かも言えない。それでも、こうして抱きしめ、抱きしめられるだけで不足分を少しでも埋められるような気がしているのだ。身体的にも心情的にも足りないなら埋めようとするのが、本能に近いものではないだろうか。ただ、それを上手にしなければならない、という決まりはない。少年よ、私もまた置いていく側であり不足を増やす者かも知れない。それでも、今は少しなら埋め合うことができる。
彼が呟く名の者を、私は確実に知っているのに、確かには知らないのだ。あぁ、願わくば。この少年が、誰かを置いていく側になるように。誰からも置いていかれる側であることだけは、どうか避けられるように。私は、そう願いながら春の雨の中彼の腕に抱かれる。そして、動く腹を気にしながら私にはそれをかなえてやれないことを、恨んだ。