あったかい冬。
冬に当たり前のことを呟く僕の横を歩くのは雪香だ。
「ダウン着てるのに? それとも前の感傷的な『寒い』ってやつ?」
雪香はドトールで買ったタンブラーに入っているホットコーヒーを飲みながら話した。
「いや、純粋に寒い。体の底から凍えそうだよ」
「そう」
「そのコーヒーくれたりはしてくれないの?」
雪香は5秒ほど眉をしかめて考え、僕にコーヒーを差し出した。
「ほい」
僕はありがとう、と言って一口コーヒーを飲む。
よく考えたら付き合って2週間ほどだがキスもしたことがないな。ということはこれが間接キスだから、雪香との初めてのキスなのかな。
そう思って隣の雪香を見ると、口までくあったマフラーを首元に下げた。その顔はいつもより少し赤かったような気がする。
「顔赤いけど・・・・・・寒い?」
僕はコーヒーを返して言った。
「・・・・・・別に」
雪香はなぜかそっぽを向いてしまった。
今は少し、感情的にも寒いかもしれない。
それから5分ぐらいお互いに口を開かず駅前をとぼとぼと歩いた。
雪香は相変わらずそっぽを向いたままで、ちょっと悲しいそうにも見えた。
沈黙のプレッシャーに耐え切れなくなった僕は、たまらず口を開いた。
「うた」
雪香は何言ってるの、という目でこちらを見つめてきた。
「・・・・・・なんて?」
思わず出てしまった言葉に戸惑うは僕。
6秒ほど考えてから再び口を開く。
「あー、最近カラオケで歌ってないなーって」
ものすごく適当な事を言って誤魔化す。
カラオケなんて高校一年生の時に友人達と行って音痴だったので、ひどく笑われたことがあって以来行ったことがない。
「うん、カラオケいいね。ちょうどそこにあるし行こうか」
「えっ」
「行きたくないの?」
「あ、いや。うん、行こうか」
僕は雪香と一緒にカラオケ店に入って2時間歌うことにした。
「私って結構音痴だからねー。下手でも許してよ」
雪香は笑いながら部屋に入る。
「僕もだよ。何年か振りだし」
「じゃあ一緒に歌おっか」
僕は一緒に雪香と最近の流行りの歌や、小学生ぐらいの時の懐かしいアニメの歌を歌った。
雪香は下手と言ったけど、僕よりは遥かに上手かった。
彼女の楽しそうに歌う姿を見て僕は微笑ましかった。
そうして2時間という時間はすぐに過ぎていった。
「もうすぐ二時間たつねー。そろそろ出ようか」
そう言って雪香はコートに腕を通した。
このままじゃいけないな、と何か僕は思った。直感でなんとなく。
リモコンやマイクの入ったカゴを持ってドアノブに手をかけた雪香の肩を僕は掴んだ。
そして雪香を僕と向い合せにする。
「・・・・・・え?」
僕はそのまま勢いで唇を重ねた。
「その・・・・・・2週間も待たせちゃってごめん」
「ありがと。今日は楽しかったよ」
雪香は今まで見たことないぐらいに顔を赤くして笑いながら部屋を出て行った。
「寒く・・・・・・ないな」
僕は独り言を呟いて、雪香の後を追った。