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そして、一年



 音楽室にギターの音色が響く。
 今は、中間試験の一週間前。部活動は停止中だ。故に、音楽室は使い放題! ……ではない。音楽教諭に頼み込んで、特別に許可を貰っていた。なにしろ、航の“声”が戻ったから“リハビリ”名目では貸して貰えなくなっていたのだ。
「読みが浅かったよな」
 ボソリと言う慎太郎に、
「読んでたんや!」
 航が笑う。
「行き当たりばったりかと思た!」
「ま、そうとも言うな」
「そうとしか言わへん!」
 結局は、航のギターのファンになっていた教諭が「放課後、一時間だけ」という条件で許可をくれたのだ。
「なー、シンタロ。この曲、歌える?」
 航が新しい曲を弾き始めた。つい最近売れ始めた、ミディアムテンポの曲だ。CDを買おうかどうか、丁度悩んでいる所だった。
「歌える、けど……。ワンコーラスだけな」
 慎太郎はTVで歌っているところしか知らない。だから、ワンコーラス。
「充分!」
 頷くと同時に、航がイントロを弾き始める。
 相変わらず、慎太郎のキーに合わせて移調済みだ。低い筈の歌い出しが、丁度いい高さになっている。“真面目な鼻歌”程度の声で、Aメロが終わりBメロが過ぎ……サビに入った。
「……!……」
 歌いながら、慎太郎が驚く。自分の主旋律に重なる、航の高音のハーモニー。ブレスのタイミングまで、自分とピッタリだ。
「すっげーよ、航っ!」
 歌い終わって、慎太郎が航の膝を叩く。
「えへへ……」
 恥かしそうに頭を掻く航。
「気持ち良かったーっ!!」
 本物よりイケてねー!? とややはしゃぎ気味の慎太郎。
「好きなだけ声出してもええって、病院からやっと許可が出たから」
 最初にシンタロと歌うって決めててん。と、航。
「でな!」
 大きな瞳をキラキラさせながら、航が慎太郎を見詰める。
「シンタロ、“約束”って言うたの覚えてる?」
 ギターを片付けながら、航が問い掛ける。
「約束? ……したっけ?」
「“した”んちゃう!“言うた”ん!!」
 首を傾げる慎太郎。とんと記憶にない。
「京都で言うたやん!高校決まったら“約束”があるって!」
「あー、はいはい」
「思い出した?」
「あれは、話しを有利にする為のデマカセじゃん」
「“ホンマ”にせぇへん?」
「何、それ?」
「“約束”。ホンマに約束せぇへん?」
(まーた、何か企んでやがるな、こいつ)
 慎太郎が怪訝そうに航を見る。
「高校入ったら、やりたい事あんねん」
「それに、“飯島慎太郎”くんは必要な訳?」
「うん!」
 当たり前やん! と頷く航。
「“ヤダ”は?」
 ちなみに…と航に聞いてみる。が、
「受付けません!!」
 あっさり、却下。
「“約束”じゃねーじゃん、それ!」
 慎太郎がカバンをかけた航の肩を押す。
「で、何をやりたい訳?」
「な・い・しょ!」
「“約束”になんないじゃん、それじゃ!」
「ヒント! 外でやります!!」
 航が笑いながら音楽室の扉を開け、後ろの慎太郎を振り返る。
 四階からの階段を下りながら、ずっと考えている慎太郎を横目で見ながら最後の一段をトン! と下り、大きく伸びをする航。それを見て、慎太郎が空を見る。
「……一年だな……」
 自分の横で空を仰ぐ航に、慎太郎が呟いた。
 不安の中で泣きそうな瞳の少年は、小うるさい関西小僧…もとい、人懐こい笑顔の明るい少年に変貌した。
「そんななるっけ?」
 航が伸ばした腕の間から慎太郎を振り返る。
「あっという間やったなー」
 と、校門に木綿花を見つけて走り出す。
「木綿花ちゃーんっ!!」
 手を振る航に、
「航くんっ! 慎太郎ーっ!!」
 木綿花が大きく振り返す。
 三人並んで歩くのも、あと半年だ。時間がもったいない気がして、先に行く航を走らず歩いて追い駆ける。
 校門に並んで、二人が何やら耳打ちしている。木綿花が驚き、航が“早く早く”と振っていた手を口元に添えて慎太郎を呼ぶ。
「高校行ったら、一緒に歌おなーっ!!」
「はい!?」
 慎太郎が再び首をひねる。
 ……ヒントは“外でやる”事……。“外”で“一緒に歌う”って……。
「できるかっ!!」
「却下ーっ!!」


 去年と同じ様に、もうすぐ、銀杏並木が黄色に変わる。







作品名:Wish 作家名:竹本 緒