「知らぬは罪」
隊長は少し振り返り、後続を気にしながら、飛行を続ける。彼は隊を預かり、誰も欠ける事無く目標を成し遂げる事に全ての意識を集中させていた。
『隊長~。皆無事に任務達成出来ますかね~? 俺、死にたくないんで、無事に終えたいですよ~』
隊に加わったばかりの新米が隊長へ冗談交じりに告げる。
『誰も欠けさせない! その為に、貴様らも温存させながら飛行するんだ』
少し生真面目な隊長にはこの冗談は通じなかった様だ。
(全く。あの隊長はジョークも通じないのかよ)
新米は少し不機嫌に空を見上げた。
今日は抜けるような青空で、飛行にはもってこいの状況だ。
『視界良好!』
思わず声に出したくなる様なシチュエーションだ。
只、肌を刺すような冷気がじわじわ体の芯まで冷やし、早く温かい場所に行きたいと心底思わせる。
『よし。このままの高度を保ちながら南下するぞ!』
隊長が皆に告げると、隊員は
『ラジャー!』
と気力に満ちた返答を返す。
すると、
『六時の方向に敵らしき影を発見! こちらを狙っている可能性あり! 皆、高度を上げてそれを維持せよ!』
隊長から発せられた指示で、編隊内の空気が張り詰める。全員即座に高度を上げる。
しばらく飛ぶと、
『状況はどうだ? やり過ごせたか?』
この隊長の問いに、
『何とか敵は巻けた模様です』
編隊後方の隊員が答える。
長い飛行期間、このような事は一度や二度では無い。その度に尊い仲間の命が失われて行く。従って、今回の様に犠牲の出ないケースは珍しかった。
『隊長。一体どれ位飛んだんですかねぇ』
安堵した新米が問いかける。
『バカ野郎! そんな事も分からないのか! 自分で分かるようにしとかないと、危険だぞ! 命が掛かってるんだから自覚しろ!』
この様なやり取りを行いながら、飛行距離が三千キロを過ぎた頃、新米隊員の目に、町の中を走行する、磨き上げられた車体が見えた。
その瞬間!
『た……隊長! 少し調子が悪くなって来たようです! 少し隊から離脱しても宜しいでしょうか?』
切羽詰まった声で、新米隊員が体調に報告する。
『どうした? 大丈夫か?』
隊長は心配そうに問う。
『大丈夫です。スグに合流致します!』
そう告げると、新米隊員は高度を下げる。主翼が風で暴れ、唸る様に鳴る。それでも構わず急降下を続け、地上を走行する磨き上げられた車体の上迄来ると、返すように高度を上げた。その際に、高度を上げるそれから、何かが落とされた。
――ぷりっ――
落とされたモノは見事に走る車体に直撃する。
――べちゃ――
高度を上げた隊員は、調子を戻し編隊に合流、引き続き南を目指した。
ある広場に、車が停まる。その中から二十代前半の男性が降りる。その男性は、洗車したての愛車をマジマジと見ている。すると、ある事に気づいた。
「!」
「いつの間に……いつの間にやられたんだ! いつの間に鳥の糞をつけられたんだぁ!」
寒い冬にも関わらず、寒さを我慢して洗車した直後の事だった。男性にとって、他人には理解出来ない程の大きなダメージだった。
「あんのぉクソ渡り鳥めぇ~! 焼き鳥にして、酒のツマミにしてやるぅぅぅ~!」
そんな事を言いながら、男性は再度洗車を行い、鳥の糞をふき取っていた。
『隊長。早く暖かい南の国に着かないですかねぇ。寒くて堪りませんよ』
渡り鳥達は、自分たちの糞のせいで、人間が怒りに震えている事など知る由もなく南を目指した。天敵達から身を隠しながら。