猫と二人- two persons with cat -
体があったという話だ。そんなに大きな騒ぎになっていたとは思え
なかった。美樹田は興味がなかったので現場を見に行っていないが、
わざわざ見に行った他の先輩の話によると、轢かれたようだという。
それも保健所に電話をして、いとも簡単に問題が解決している。話
し好きの人間は、その七割が話を誇張する傾向にある、と美樹田は
分析している。
「お前も気を付けろよ。世の中には、そういう奴も結構いるもんな
んだ。自分の飼っている猫がそんな風に殺されたら、幾らお前だっ
て嫌だろ?」
「そうですけど、何で菅田さん、僕が猫を飼っているって知ってい
るんですか?」正確には飼っている訳ではない、と美樹田は考えて
いるが、話せば面倒なので飼っている事にする。
「ああ? そんなの簡単だろ。お前、自分じゃ気付いてないかもし
れないけど、結構服に猫の毛が付いてるぜ」
「ああ……、なるほど」
話し好きの人間の約五割は、そうでない人間に比べて観察眼が鋭
い。念入りに毛は取っていたはずだが、それでも僅かに取り残した
毛を、菅田は見逃さなかったのだ。もう少し、念入りに毛のチェッ
クをしなければいけないな、と美樹田は考えた。下手な隙を与えて
しまえば、いとも容易くプライベートな事まで踏み込まれてしまい
そうだ。油断大敵とは、まさにこの事である。
ただ、棚橋の事には多少の驚きがあった。どこまでが事実だか分
からないが、仮に事実だとして、もしかしたら、今家にいる猫も、
棚橋の犠牲になりかけたのかもしれない。そうだとしたら、葉月の
言っていた通りではないか。これは話をするかどうか迷う所だ。き
っと、この話をしたら、葉月は得意満面の笑みで、「ほらね、私の言
った通りでしょ」と言うに決まっている。どうしたものか。美樹田
はそんな事を考えながら、未だ続く菅田の話を右から左に流しつつ、
最後に残った漬け物を食べていた。
作品名:猫と二人- two persons with cat - 作家名:フジイナオキ