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知ったほうがいいこと

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今期の大田区民大学は、ちょうど休みの都合がついたので、5年ぶりに『人権塾』を受講しています。
今回のテーマは『差別するかもしれない自分』ということで、部落差別の問題を取り上げています。

先週、事前勉強会があり、今日は芝浦の東京都中央食肉市場に行き、牛と豚の解体と豚肉の競り売りの見学をしてきました。
参加者は、先週からどんな光景を見るのかと緊張している方が多かったようです。
そんな中、古くからの友人知人は知っているでしょうが、私の実家は以前、鮮魚の仲卸をしていたので、私にとっては食肉市場も形態は違えど『市場』という認識しかなく、個人レベルでは何の緊張も思想もなく当日を迎えました。

けれど現実として、築地で働いている人々とは違い、芝浦で働いている人々は差別されているんですね。
芝浦は東京都の職員、つまり公務員としてそこで牛や豚の解体を行っているわけですが、今でも自分の仕事を人に言えずにいる人がたくさんいます。
結婚をしても家族にすら言えずにいる人もいるし、と場で働いているという理由だけで結婚できずにいる人もいます。
芝浦と場に、匿名で大量の差別文書を送りつける輩だっています。
普通に働いているだけで、です。

さて、ここで芝浦と場で扱う肉の概要を少し書きます。
基本的に扱うのは、牛と豚のみ。
たまに、大井などの競馬場で死んだ馬の解体も行うそうです。
牛は和牛と交雑牛(和牛とホルスタインの掛け合わせ)のみで、全国の食肉市場を通じて流通に乗るのは牛肉全体の15パーセント程度。
要するに市場では『お高い肉』を扱っています。
残りの85パーセントの牛肉は、食肉センターと呼ばれる企業直轄の、解体+加工+流通工場を経由しているものなので、大半の方の食卓に上がる牛肉は食肉センター経由のものになりますね。
和牛は黒毛で、1頭あたり500~600キロあるそうです。
交雑牛も基本的に黒毛ですが、ホルスタインの遺伝子が入るため、耳や足など体毛の一部が白くなることが多いそうですし、ホルスタインが大型なので、体重も1頭あたり900キロくらいになるそうです。

最初に解体前に繋留されている牛を見せていただいたんですが、『でかっΣ(-□-;)』というのが真っ先に出た感想です。というか、それしか浮かばない大きさでした。
その牛を、出荷されてから1日繋留して解体に回します。
ちなみに、牛は解体前に涙を流したりしませんから。
その牛を1頭ずつ追い込んで、眉間を空気銃で撃って気絶させます。
それから、気絶したところですかさず頸動脈を寸分の狂いもなく掻き切り、血抜きをしますが、この段階ではまだビクンビクン動いています。
この位置が少しでもズレると、体内に血が残ってしまい、1頭100万円くらいする和牛の値段が80万~30万円くらいに値崩れてしまうとか。
血抜きした牛の足に電極を挟んで20秒間電気を流し、動きを止め、その間に頭を切り落とします。
頭は、検査用に脳髄だけ取り出し、焼却処分されますが、芝浦と場ではBSE感染の牛は出たことがないそうです。
頭を落とした牛は、後ろ足の骨にフックを引っ掛けてラインに乗り、皮を剥ぎ、内臓を取り、背骨から2つに切ります(枝肉といいます)。
皮と内臓はもちろん商品です。

豚の方は同じく出荷から1日繋留された後、1列に並んでガス室に送り、催眠ガスを吸わせて気絶させます。
気絶した豚の頸動脈を切って血抜きをしたら、頭を落としますが、こちらの頭は牛と違ってきちんと商品として保管されます。
あとは、内臓を取り、皮を剥ぎ、背骨から2つに切り、同じく枝肉にして保管されます。

目を見張ったのは、徹底された衛生管理と、職人さん達の腕の確かさ。

入場の時には見学者である私達も、頭にネット、体には長い白衣、足元はよく洗われたゴム長靴を身につけます。
それからクリーンルームに入り、風で埃を吹き飛ばし、手洗い、乾燥、消毒。
さらに消毒漕を通って足元もきれいにしてから、ようやく入場できます。
職人さんが使うナイフは、1頭解体するごとに83度の熱湯で消毒。
流れ出た血液も、ひっきりなしにホースで水を撒いて流しているので、場内は常に清潔でもちろん何のにおいもしません。
正直、『築地は見習え(-_-♯』という気持ちです(笑)。

職人さん達の腕は本当に見事です。
空気銃も頸動脈をナイフで掻き切るのも、もちろん手作業ですが、全く狂いがありません。
グラインダーで皮を剥ぐ時も、内臓を取り出す時も、周りの肉を傷つけることなく行います。
背割りは、豚は機械で行うんですが、牛は70キロある電気ノコギリ(ワイヤーで吊されているので、体感は5キロくらいだそう)と昇降台を操作しながら人の手で行います。
それが、背骨に沿って一気にゆっくり、スウッと切れていくんですね。
それは美しい技で、新鮮な肉ってなんと美味しそうなんだろう、と思いました。

人権問題で行っているので、そちらを重視しなければいけないわけですが、作業を見れば見るほど、何故彼らが差別されるのかがわからなくなります。
だって、本当に普通だもの。
私が市場や工場で見慣れている普通の光景が、(民間企業よりはるかに高度な設備と技量で)目の前で行われているだけ。
扱っている品物が魚や基盤や車ではなく、大きめの哺乳類だという、それだけ。
『哺乳類を解体していることが問題なんだ』という人がいたら、逆に聞きたいんですが、それの何が問題なんでしょう。
市場で扱う牛や豚は自然に生きているものではなく、『食肉』にするために交配、出産を人工的に行った家畜です(それは、下手したら天然魚以上に『食材』なわけで)。
倫理的にどうこう言うなら、肉食べないだけでなく、服飾・雑貨は使えないし、医療も受けられないし、漆器も使えないし、他にも色々できないことが出てきます。
そのくらい、現代日本人の生活は家畜に依存している部分が多いです。
自分が恩恵にあずかるのは良いけど、牛や豚を解体する人は許せないと言うなら、自分がそれだけ傲慢かつ尊大でいられる根拠があるのでしょう、何様なのか教えてほしいです。
私は仕事で食べ物関係の接客や、流通部門で働くことが多かったのでより思うわけですが、解体風景を見たことは面白かったし勉強になったけれど、学んだ自分を特別に誇示したり、『見た後で肉食べた~』と言ってみたり、職人さん達やその仕事を非難したり嫌悪したり、逆に無駄に持ち上げてみたり、そんなことではない、本当に『ただの仕事のひとつ』です(そこで働く方々の腕や職業意識は『ただの』ではなく尊敬に値しますけどね)。

芝浦と場のセンタービル6階には『お肉の情報館』という、手作りの博物館があり(無料です)、芝浦と場の歴史から、食肉ができるまで、と場差別についてなど、と場と家畜に関する様々なことが学べます。
平日なら、牛の解体風景のビデオ閲覧も可能です。
と場見学自体は、一般には解放しておらず、自治体や企業の視察か、今回のような人権教育において、事前学習→見学→職員との懇親会という1セットで見学できるらしいです。
あとは、年に1回、『食肉まつり』があり、そちらは普通の販促イベントですが、屋台が出たり、良い肉が市価より安く手に入るので盛況ですね。
作品名:知ったほうがいいこと 作家名:坂本 晶