その商店街にまつわる小品集
四.ランプの専門店
その商店街にある店の中で、特に気に入っている店がある。とはいっても一度も中に入ったことはない。
そこはランプの専門店だ。
通りに面した壁がガラス張りになっていて、夜になると店中のランプ全てに明かりが灯った。
木で出来た窓枠の中に色とりどりの光が溢れて、さながら宝石箱のように見える。実際、隣の宝石店のショーウィンドーよりもずっと美しいと、僕は思った。
帰り道、いつものように店の前で足を止め、ぼんやりと灯りを眺めていた時だった。
ドアのガラス窓に大きな黒い影が現れ、こちら側に開いた。
ドアを開けたのは長身の男性だった。黒い口ひげを生やしている。くるみ割り人形みたいだ。
「よろしければ、中でご覧になってください」
抑揚に乏しい喋り方だったが、外の寒さを気遣っているのを感じた。
店主らしき男性は、ドアを開けたままじっと待っている。
断るのも悪い。招かれるまま、光の中に足を踏み入れた。
「ごゆっくりどうぞ」
男性はそう言うとカウンターに戻り、何か作業を始めた。店の中で店員と二人きりになるのがあまり得意でないのだけれど、彼の存在はすぐに気にならなくなった。
それは彼自身が話し掛けたりしないでくれたせいでもあるし、僕が目の前の景色に夢中になっていたせいでもある。
水族館の水槽を眺めるように店の中を見回す。
シンプルなランタン、細かい細工のついたシャンデリア、色とりどりのステンドグラスのランプ。一つとして同じ色の光は無い。鮮やかな光の洪水。
店の外から見るだけでは分からなかった、光の一つ一つがどんな姿がしているのかを初めて知った。
悲しかった。
これからずっと、ランプ屋の前を通る度に、この光の中からの眺めを思い出すだろう。僕が何度も眺めたショーウインドーの光景は、上書きされて二度と元に戻らない。
それほどまでに、この景色は美しかった。
僕は小さなカンテラを一つ、レジへと持っていった。
男性の「お包みしますか?」という言葉に小さく首を振った。
寝る前に、カンテラに火を点けてみた。
光の洪水の一滴だった黄色い灯りは、寝室をぼんやりと、ささやかに照らした。
こうしてまた、あの光景を思い出している自分がいる。
作品名:その商店街にまつわる小品集 作家名:バールのようなもの