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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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その商店街にまつわる小品集

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二.ボタン堂



その商店街には、普通の商店街にないような店がいくつもあった。ボタン堂もその一つだ。

僕が初めてボタン堂に足を踏み入れたのは冬だった。コートのボタンが一つ、いつの間にか無くなっていたのだ。
予備のボタンは無い。しかし、僕はそのコートもボタンも気に入っていた。
その時ふと顔を上げると「釦堂」と彫られた古めかしい木の看板が目に入った。
それが、世界中のどんなボタンでも置いてあるという「ボタン堂」だと気が付くのにしばらく時間がかかった。

木のドアを引くと頭上からカラカラと乾いた音がした。見ると、色も形も様々なボタンで出来たモビールが揺れている。
中は四畳ほどしかない狭い店だった。手の平に乗るくらいの大きさの白い紙の箱が積まれている。いや、溢れている。
「いらっしゃいませ」
声の主は、箱に埋もれかけたカウンターに座っていた。セーターに生成りのエプロンをつけた青年。学生のアルバイトだろうか。まだ若い。
「何をお探しですか?」
言いながら、青年は店番をしながら読んでいたのだろう文庫本をエプロンのポケットに入れた。
僕は自分のコートを指して、同じボタンはあるかと尋ねた。

「この辺りだと思うんですが」
青年が小箱の塔の真ん中から、その一つを引き抜いた。
当然、周りの箱は崩れ落ちる。黄色い照明の中に細かい埃が舞った。
「あれ、違った」
箱の中には、同じ種類のボタンがいくつか入っていた。僕のボタンと大きさは似ているが、色はまるで違う。
「もう少し待ってくださいね」
柔和な笑みをこちらに向けた。

青年は部屋のあちこちから小箱を掘り返して次々と開けた。
それはみんな僕のボタンではなかったが、「惜しい」ものばかりだった。
色、大きさ、形、素材…僕の探しているボタンと似ているのに、一点が決定的に違うのだ。

箱には文字や印など、中身を知らせるものが全く付いていない。
それなのに、めちゃくちゃな店の中で何を手がかりに探しているのかが不思議だった。

次こそは僕の探しているボタンかもしれない。そう思いながら見守っている内に結構な時間が経った。
ようやく僕はこの店でボタンが見つかることを諦め、もういい、と声を掛けようとした、その時だった。
「ああ、こんなところにありました」
背後からの明るい声に振り向くと、青年はドアの前で背伸びをしていた。
「またお気軽にいらして下さいね」
落としたものとそっくり同じボタンが、僕の手のひらに乗せられた。
青年の背後では、バランスを崩したモビールがくるくると回っていた。