夢見る明日より 確かないまを
9
「司、誕生日おめでとう」
朝一番にそういってくれたのは、言うまでもなく向かいの家の幼馴染。
「ありがと」
7月2日、火曜日。梅雨明け待ち遠しく、本格的に夏が始まろうとするこの時期。
また一つ、年をとる。
「孝志、今日うちに来ない?こんな歳になってまで誕生日を祝われるのは恥ずかしいけど、母さんがケーキ焼くって張り切ってたから。孝志も夕飯にいらっしゃい、だってさ」
「あれ、うちで過ごすのか?いいならお邪魔させてもらうけど」
「うん、ちなみに尚樹も誘う予定だから」
昔はよく、誰かの誕生日になると家に集まって、パーティーをしたものだ。
こんな歳になってさすがにパーティは恥ずかしいから、いつもより少しだけ豪華な食事にケーキが出るだけ。
でもそれは、毎年恒例。
実は行田先輩にも、今日の夜に食事に誘われたけど、家族で祝ってもらうのが恒例だからといって断った。
岡本も来るのか、という質問には答えないで、尚樹も一緒です、と返した。
学校に着くと、クラスメイトからもおめでとう、の言葉が聞ける。
一人一人にありがとうの言葉を返しているうちに授業開始のチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日誕生日らしい松下から、宿題の数式を黒板でやってみろ」
すごく嬉しい一日だけど、先生にそう言われたのは・・・ちょっと不運だ。
昼休みも定例会があって、生徒会室へと集まる。
お昼を食べながら、連絡事項などを確認。
それが終わった後に、行田先輩が紙袋を取り出した。
「松下、これやるよ。今日誕生日だろ?16歳おめでとう」
その紙袋が、俺に差し出された。
「いいんですか?」
「誕生日プレゼントくらい渡させろよ」
相変わらずの人を喰ったような笑みで行田先輩はそう告げる。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
何重にも渡った包装を開けてみると、見覚えのある洋服。
「この前、それ欲しがってただろ?」
この前、行田先輩と出かけたときに買おうかどうしようか散々迷ったTシャツだった。
あと少し安ければ絶対に買ってた。ずっとこの服のことが心残りだった。
「お前、その店の服、ホントに好きだよな」
今までに買った服、ほとんどそこのじゃないか、と言葉が続く。
「あっ!でもこれって・・」
有名ブランドでもないTシャツ一枚には法外な値段だったと思う。
「こんなときにそんなこと気にしなくて良いんだよ。それに、俺は少し働いてるから気にするな。でも働いてることに関しては深く触れないように。一応校則違反だからな」
アルバイト禁止とは言っても、そこまで厳しい校則ではない。
勉強に支障が出ない程度なら暗黙の了解で許されている。
それを気にするのは生徒会長だから、とか色々理由があるだろうから、何も言わないでおいた。
司と行田が一番最初に出かけてから、また2回、出かける機会があった。
ゲーセンで遊んだり、食事をしたりしながらも、また洋服の店に行ってみるかという問いが必ず投げかけられた。
そして司は毎回、迷わず頷いた。
「ありがとうございます。大事に着ます」
司が行田からのプレゼントを再び紙袋に納める。
孝志は最近、私服姿の司の雰囲気が行田に似てきているな、と思っていた。
その原因は、行田の見立てで司が服を選んでいるからか、司が行田の私服に憧れをもっているからか、本当のところは誰も分からないけれど・・・。
孝志の思いに、行田が気付いているのかどうかわからず、司は全く気付いていなかった。
だから孝志にとって、今日の会話は合点がいくことばかりだった。
司は行田先輩の勧めで服を買い、そうした服はお気に入りになっている。
なんだか行田の色に染められているようで、服のプレゼントを喜んで受け取る司から目を逸らした。
――――司は行田先輩と付き合わざるを得ない事情があったのかもしれない。
この前尚樹がいってた言葉だけれど、否定しつつもそうであってほしいと思う自分もいた。
だって司は、孝志が行田先輩のことを『良い先輩だな』と言ったときに『俺にはそう思えそうもない』って・・・そう言った。
それだけじゃない。
行田先輩の話を出すと、あまり良い顔はしなかった。
だから、司は行田先輩のことはあまり好きじゃないかと思っていた。
でも、今の司の喜びよう。
この二人はお互いがお互いを望んでいる・・・そういう風にしか見えなかった。
二人が望んだ上で付き合ってるなら、もう自分にはどうしようもないこと。
いつまでもありもしない現実を望んで、ぐだぐだと考えてる時間がもったいない。
司はただの幼馴染で、これまでも、そしてこれからも一緒にいつづけるだろう大親友。
それでいいじゃないか。
いや、そうしないといけない。
そう思い込もうとする気持ちがいつ本物になるかはわからないけれど、それまで静かに見守っていよう。
幼馴染の気持ちを応援しないといけないから・・・。
そう決意を固める孝志を、痛々しげに行田が見つめていた事は誰も気付かぬまま。
複雑に絡み合った気持ちの糸をほどく方法は誰もわからなかった。
わかっていても、それをほどく事はもともとあった結び目さえほどいてしまう事になりそうで、誰もできなかっただろう。
それから少しだけ時がたった1年後。
糸はずっと絡まったまま、未来へと進んでいた。
この糸がほどけるきっかけとなるのは、ほんの些細な出来事。
けれども、16・17歳の少年達にとっては、この後の人生を左右する大きな大きな出来事に違いなかった。
Fin
作品名:夢見る明日より 確かないまを 作家名:律姫 -ritsuki-