君と過ごす休日
休日ともあって大いに繁盛しているらしく、目の前ではチケットを入手しようと多くの人間たちが並んでいた。遠くから見ると蟻の行列みたいだよなぁ、なんて失礼事を考えながらそこら辺にある柱にもたれかかって人の流れから離脱を計る。
正直こんなところに興味なんてないし、人混みが苦手なので今すぐにでもここを出て行きたかった。そんな引きこもり気味な俺が何故こんなところにいるのかというと――
かれこれ数日前、俺は同級生の女子に告白した。
断られるだろうと覚悟して想いを告げた俺に、予想外の答えが返ってきた時はただ呆然と立ち尽くした。なんせ相手は学園で美人と噂され、知らない生徒はいないと言われている人だったのだから。嬉しいなんてもんじゃなかった。
相沢桃花(あいざわ ももか)。これがその人の名前だ。
廊下ですれ違って一目惚れというありきたりな理由だけど、優しいし周りの評判も良いので後悔はしていない。むしろ今すぐ死んでも安らかに逝けるだろう。告白後、そんな事を思わず口走ると
『そんな縁起でもないこと言わないで』
と困ったような照れ笑いをされた。そんな顔されると余計に幸せで死ねるんだけど、これ以上は精神がもたないので黙っておいた。
そんなこんなで無事に告白が成功し、はや三カ月。
そろそろ行動しないといけないと思い、友人にデートの計画作りを依頼した。その結果、映画館にしようという事になって現状が出来上がったわけだ。デートの内容について一応は聞いているので安心だ。
携帯電話の液晶で時刻を確認する。そろそろ待ち合わせの十分前だ。パチンと音をたててそれを閉じると、数人分の足音がこちらに近づいてきた。……心なしか問題児がいるように見えるが、気のせいか?
長身の聡明そうな眼鏡の樋口要(ひぐち よう)と、それとは正反対の小柄で純粋そうな笑顔の雪野裕人(ゆきの ゆうと)。その隣に目線を向け……駄目だ、頭が痛くなってきた。
何を隠そうそいつらは学園一のトラブルメーカーと名高い人物だったからだ。
樋口がよう、と気さくに手を上げてみせるがこっちはそれどころじゃない。
「なんであいつらを呼んだんだ!」
樋口にだけ聞こえるように小声で叫ぶ。
金髪くせ毛の快活そうな岸本海(きしもと かい)と大人しげな黒髪の岸本唯(きしもと ゆい)。この二人は双子で、こいつらが少しでも関わると、ありとあらゆることが失敗するという噂があるほどだ。本当かどうかは定かではないけれど、危険因子は出来るだけ減らしておきたい。
俺たちのやり取りの内容を察したらしく、雪野が苦笑しながら答えてくれた。
簡単に言うと、デートの話を聞きつけてやってきた岸本兄弟を断りきれなかったらしい。
「お前らどっから聞き出したんだよ、そんな情報!」
「「だっておもしろそーじゃん」」
俺の怒りの声に飄々と答える岸本兄弟。見た目とは裏腹に、中身は同じ思考回路らしい。少しは遠慮というものを知れ!
「ついてきてしまったものは仕方がないだろう。それより、そろそろ時間じゃないのか?」
樋口が腕時計の文字盤を指で示して見せる。
「うわ! もうそんな時間なのか!?」
うだうだ言ってても仕方ない。相沢さんの姿を発見して走りだそうとした俺の手に、岸本兄がチケットを二枚握らせた。それを視認することなく俺は彼女のもとへ駆けだした。
今思えば、何故あの時にチケットのタイトルを確認しておかなかったのかと過去の自分を恨む。
そのチケットのタイトルにはこうあった。
『哀愁戦隊! ムナシンジャー ~最後の決戦~』
さっそくやらかしてくれた岸本兄弟を全力で呪いながら席に着く。
幸い相沢さんは戦隊物が大嫌いというわけではないらしく、
『弟と一緒に毎週観てるから気にしなくていいよ。結構面白いし』
と苦笑しながらポップコーンを摘んでいた。
まあいいか。結果オーライだ。
次は確かナチュラルに手を繋ぐだったか。
右から相沢さん、俺、雪野、樋口以下略といったかたちで席に座っている。何らかのフォローをしてやると言っていたので、普段はほぼゼロに近い勇気を振り絞ってその手を握る。よし、繋げた!
塞がっていない方の手でガッツポーズをしながら雪野たちを見ると、異様な光景がそこにはあった。
雪野や樋口、岸本兄弟も何故か手を繋いでいる。
……これは一体どういう状況だ!
よっぽど変なリアクションをとっていたのか、相沢さんが不審そうな顔をしてこちらを覗きこんできた。この事については保留にしておこう。
上映が終わり、デート終了して集まってきた樋口たちに問いただせば、
「一人だけ手を繋ぐって恥ずかしいでしょ? だから皆で手を繋げば少しはマシかなって思って」
雪野が照れながら言った。別にそこは照れるところじゃないだろう!
「雪野が天然なのは今に始まった事じゃない。そこの双子も面白がって便乗するのは分かってた。問題は樋口だ! お前はなんで止めなかったんだ!」
人指し指を突き付けながら怒りにまかせて叫んだ。
「え? 名案だと思っていたんだが……」
……まさかの返答。
テストでいつも学年トップのこいつが天然キャラだったなんて……。
その日の夜。
携帯電話が鳴り、メールが届いた事を知る。
そこに書かれていた文章はこうだった。
『今日は誘ってくれてありがとう。
やっぱり、木梨くんは変わった人だね。映画、まあまあ楽しかったよ。……でも、彼氏としては不合格かな? 今度からはもう少し大人向けの映画にした方がいいよ。悪いけど、別れてくれないかな?』
普段は絵文字や顔文字の一つはあるはずの相沢さんのメールが、見事に白黒だった。
「あんの馬鹿双子っ……!」
力任せに電話を床に投げつける。俺が八カ月分のこづかいで買ったそれは、見事に大破した。
その後、自費で買い換えることになるということに考えが至り、ダブルで落ち込む事となる。
こうして、俺の初恋は終わった。
End.