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「夜の動物園」「耽る」「手紙」

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公用語が多言語なのは知っていたが、ちゃんぽんになった異国語を聞いているうちに眠り込みそうになっているとガイドが目的地に着いたことを教えてくれた。行きの飛行機の中で覚えた片言の現地語でお礼を言う。別に英語でも通じるのだけれど覚えたからには使ってみたいものである。
世界でたった一つだけ夜に開いている動物園があると聞いてからずっと行ってみたいと思っていたその場所に私はいる。シンガポールのナイトサファリ。この話をしてくれたのは私がずっと思いを寄せていた年上の男性だった。その人はしなやかで穏やかででも少し寂しげなまるで夜のような人だった。私とその人は大学のとあるサークルでの単なる先輩と後輩それ以外の何者でもなかった。いや、後輩の中では覚えてもらっている自信がないと言えば嘘になる。しかし私はじっと淡い思いを胸の中で育てていただけだったし、その人には恋人がいた。一度だけサークルのイベントに来ただけなのだけれど、隣合う姿はとてもお似合いだと思った。
この話を聞いたのは私がサークルに所属して間もない頃だったように思う。図書館から借りてきた動物に関する本を講義の空き時間にサークルのブースで読んでいるときだった。一人で静かに読書しているとその人はそっと入って来て、静かに声をかけた。何の本?とかそんな会話だったと思う。まだ入ったばかりの私と打ち解けようとしてくれたような気がして嬉しくてタイトルと動物が好きなことを言うと、前テレビで見たんだけど、とその話をしてくれたのだった。ゆっくりと耳に馴染むような静かな声は今でも覚えている。
大学を卒業して数年経ったころ、まだ一部のサークルのメンバーとは年賀状の交換なんかを続けていた頃、その恋人と結婚式を挙げるという招待状が来たのは三日前のことだった。先輩の名前と隣合う知らない名前を見ながら先輩に関する記憶を思い出すことに耽っているうちに涙が溢れ、ついには泣きじゃくりながらああ私は失恋したんだと知った。そのうち泣き疲れて眠ってしまい、起きた瞬間に思い出したのがその人が話してくれた夜だけに開いている動物園の話だった。その日のうちに私はインターネットで飛行機のチケットを取り、ホテルを予約し、会社に身内に不幸事が起きたので有給を貰いたい旨を告げた。普段からそれなりに真面目に勤めているのが幸いしたのかあっさりと一週間のバケーションが手に入った。
そして今そのシンガポールのナイトサファリの入り口に立っている。過去の先輩の思い出に立ち向かうように一つ大きく息を吸い込むと私は歩き出した。