聖霊学園
「おい」
瑠璃が不機嫌そうに2人を睨み付けた。
「お、瑠璃」
「瑠璃~~!誠也が虐めるのー!」
貴文が、突如態度を豹変させ瑠璃に抱き着く。が、瑠璃はやめろとばかりに後ずさる。勿論、空中で、だ。
「…貴文、二重人格(ソレ)、治せって僕言ったよな?」
「誠也が瑠璃のこと好きだって」
「ハッ!?ちょ、馬鹿何言ってんだよ」
「……貴文、」
慌てる誠也に、貴文をキッと睨む瑠璃。誠也を弄るのは一向に構わないが、自分まで笑いの種にされるのは話が違った。
「何の用?迎えならまだ帰らないよ?もっと遊びたいし、記憶の処理もしてないからね」
「まだ帰らないなら、とりあえず伝えるだけ伝えておくか」
「今度、“グループ仕事”あるから」
「“グループ仕事”?そんなでっかい“仕事”……なんかあったの?」
――嫌な予感しかしない。しかし瑠璃は、表情におくびにも出さない。
「…さぁ?俺らも特に詳しいことは……聞いてないよな?」
「あぁ、」
「…にしても“グループ仕事”か。僕、あのグループ長苦手なんだよね」
「魅幻美園(ミゲンミソノ)。聖霊学園高等部3年上級クラス第5位。二つ名は“聖幻(セイゲン)の美園”。高等部上級クラス第4班グループ長。元々瑠璃のパートナーだったが、互いにパートナーはいらないと言ったため一人で“仕事”をこなす」
「…何で知ってんの」
「何だよ瑠璃。知らなかったのかよ。こいつは“歩く生徒名簿”って呼ばれてんだぜ?」
「何そのセンスのないネーミング。…ギャグ?」
「ギャグじゃねぇよ。学園の生徒の全ての情報がこの脳ミソに入ってんの。こいつ記憶力“だけ”はいいからな。こいつの情報は信用できる」
「『だけ』を強調すんな。ってか何だ。俺記憶力以外は信用できねぇのかよ」
「だって誠也だし」
「『だって』じゃねぇよ!キモイわ!!」
「君たちウザイ」
「『たち』じゃなくて誠也だろ」
「んだと~!?」
「…誠也、撃つよ」
「わ、悪りい!」
誠也は両手を胸の前に出して降参のポーズを取る。
「貴文は?殴られたい?」
「ハイハイ、相変わらずだな。学園内外問わず有名な学園長の娘さんは」
「まぁ、利用できるモノは利用しなきゃね」
「恐い恐い」
恐がっているようには見えない貴文に、瑠璃は肩を竦める。
「学園帰ったら?用事は済んだでしょ?」
「じゃあ…」
[瑠璃、聞こえるか]
「!?」
突如、瑠璃の頭に響く聞き覚えのある年配の男の声。
「……何?糞親父」
瑠璃はあからさまに不機嫌な声になった。
瑠璃が糞親父と呼ぶ人物。それは――瑠璃の父親にして学園第12代学園長――水野恭輔(ミズノキョウスケ)だった。
「僕、“これ”嫌いだって言ったよね。あんたの声が直接頭に響いて気持ち悪いって」
[まぁそう言うな。直に慣れる]
「僕は慣れたくなんかないの!ってかどういうつもりなわけ?“グループ仕事”なんて、そんなでっかい“仕事”」
[………………瑠花(ルカ)が失敗して、な…]
沈黙ののちに瑠璃の脳内に響いた言霊は信じがたいものだった。瑠花とは、瑠璃の1つ下の従妹(イトコ)である。あの強力な“力”を持った瑠花が失敗など、どんな“仕事”であろうか。
「は?どういうこと!?」
[“虐め”の仕事だ。どういう訳か全く“力”を使わずして逆に虐められた様でな]
「瑠花が虐められた!?っ何考えてんだよ糞親父!!瑠花は…瑠花は!!瑠花に“虐め”なんてそんな…!瑠花に他人を裁くことが出来る訳ないだろ!!あの心優しい瑠花が!!それで、瑠花は今…」
[学園の医務室だ。ノイローゼになってしまってな]
「癒医(ユイ)のところだね!?僕今から学園に帰るから!」
瑠璃はそう言うと、その場から消えた。“瞬間移動(テレポーテーション)”だ。癒医とは、学園の校医兼生徒の赤井癒医(アカイユイ)のことである。
それを見ていた誠也と貴文は嘆息をついた。
「んだよ。まだ帰んないんじゃなかったのかよ」
「……とりあえず、」
貴文は瑠璃がつい先程までいた教室に目をやる。
「“事後処理”。…しなくちゃな」
「俺は管轄外だから任せた」
「おう。貸し一つな」
「俺じゃなくて瑠璃にだろ」
「そういうことにしといてやるよ」
貴文はスイーッと教室の窓へと近づく。教室の中がざわついた。
「おい!!誰か来たぞ!」
「ねぇ、水野さん消えたよね!?」
そんな中、1人の女生徒が口を開いた。
「…あなたも、水野さんと同じ……?」
「そう。俺は氷河貴文。二つ名は“聖氷の貴文”」
ニコッ、と笑う貴文。
「“この学校の、時間よ止まれ”」
貴文がゆっくりと言うと、教室にいた生徒たちの時間が止まった。ふと教室の時計を見やれば、止まっていた。ほかの教室の生徒も教師も、石像のように動かない。
近くの小学校のチャイムが、鳴り響いた。
「“この学校の者全ての、我が聖霊学園の生徒に関する記憶、一切消えよ”」
ひゅーっ、と誠也が口笛を吹いた。
「誠也、」
貴文と誠也は、屋上へと飛び上がる。
「“この学校の時間よ、再び動き出せ”。……さて、帰るか」
「おう、」
「にしても、瑠花が虐められるなんてな」
「…そうだな、」
「今度の“仕事”は長引きそうだな」
「あぁ、」
「“瞬間移動”」