【勾玉遊戯】inside
ACT,9
「ただいま」
玄関の引戸を開けると、――妹が立っていた。
責めるまなざしが、柚真人を睨む。
柚真人はちょっとした悪戯が露見てしまった子供のように、困った顔で首を傾げた。
「……終わったみたいね」
そう、いう。
「うん。終わった」
柚真人は、靴を脱いでコートを肩から降ろし、室内履に履き替える。
「そう」
司が柚真人を追って、くるりと踵を返す。
「本当に、物好きだよね」
「……」
「……兄貴の気が知れないよ。他人の私生活に足突っ込むなんてさ。悪趣味だと思わないわけ?」
「……そう。そうかもしれないね」
種を明かせば、簡単な事だ。
司に背を向けたまま、柚真人は苦く笑った。
――お兄ちゃんが、大好き。
三条という同級生が最初に柚真人を呼び止めたとき、柚真人は、その少年の傍らに二人の少女を見た。よく似た、幼い少女たちだった。
――お兄ちゃん。お兄ちゃん。あたし……この子と逝くの。もう、一緒にいられないの。
少女の一人が一生懸命に、そう、三条に呼びかけていた。兄の祐一には、聞こえるはずもないというのに。
蔵から出たくない、といえば、それは我儘だと叱って、誰かがその重い扉を開けてくれると思っていた。少女はそうして兄に呼びかけていたのである。
☆
「そうでなけりゃ、おれだって考えたんだが」
「え? なにかいった?」
「いいや。――夕御飯にしよう、司。今日はどうする? 何か食べたいものある?」
柚真人は司を振り返る。
「まだ早いから、なんだったらこれから買い物いくよ」
「そうね。でも……何でもいい。兄貴のつくる物、美味しいから」
笑っているような、怒っているような、呆れているような、複雑な表情で司が言う。
「おなかは空いてるのよ。さっきから。うん、なんでもいい」
――まいる、よな……。
逆らえない。たったそれだけのことなのに。そんな笑顔で、そんなことをいうから、ついつい前掛なんかして、台所に立ってしまうのだ。
――ああ……。そうでもなきゃ。……おれだって料理なんかしやしないんだよ。そのへんのところ……わかってんのか、司ちゃん?
嘆息して、司には悟られないように背を正す。
――我ながら。なにやってんのかね。不毛なことを。
それにしたって。
無条件に弱いんだよな。『妹』には。
作品名:【勾玉遊戯】inside 作家名:さかきち@万恒河沙