やわらかな肌を抉る
『お正月の予定はないんですか?』
『残念ながら仕事です』
突撃芸能リポート!と冠して行われているインタビューで、年上の歌手との熱愛が取り沙汰されている有名女優は、カメラに向かってにこりと笑った。今は仕事に生きているんです、と笑う皮膚のしたに流れる血は、かちかちに凍って、周囲を煩わしく思い、嘆いているのだろうか。さくらはそんなどうでもいいことを考えながら、かごにつまれていたみかんを手にとる。
『例の彼とは最近、どうなんですか?』
『なにもないですよ』
慇懃無礼な質問を次々とぶつける女性アナウンサーの、同じような内容の質問はその後も続き、女優はドラマのワンシーンのように作られた嘘くさいセリフと笑顔で周囲を拒絶した。それに気付かないアナウンサーが喋りだす前に、女優はもう一度にこりとテレビを見て、もう時間ですので、と周囲をあしらい停められていた車のほうに歩き始めた。
アナウンサーが追いかけようとマイクを女優に向ける前に、女優はアナウンサーの方を見て、何かを呟いたようだった。なんだって?いま、なんて?という周囲のレポーターの声がその場の混乱を伝えている。
なにを言われたのかぼう然としているアナウンサーの顔を、テレビカメラがなぜか映した。
「おまえなんかに教えるわけねえだろ、とかってな」
もそもそと起きて、机の上に腕を乗せて、優斗が笑いながら言った。泣きだしそうなあの表情はやはり夢だったのか、とさくらが納得してしまうくらいには、いつもの、はつらつとして、やさしそうな、優斗の顔がさくらを見ている。
「人の言いたくないこと無闇やたらと聞くな、ってな」
「それが芸能レポーターの仕事だよ」
「さくらはまじめ」
「そうかなあ」
さくらは白いすじがついたままのみかんを口の中に放り込んで、もう一度視線をテレビに向けた。
「優斗も知られたくないことってあるの?」
「やぶからぼうに」
優斗は口元で笑って、さくらが半分に割ったみかんの残りを、丁寧に皮を剥いて食べた。白いすじには栄養があるんだよ、とさくらがいうと、じゃあさくらが食べてと押し付けられた。
「…あるよ」
白いすじの無くなったみかんの身は、ひどく無防備で頼りなさそうに見えた。
「そっか」
「うん」
ひとつひとつ、剥かれて、さらけ出して、そういうのはベッドの上だけで充分。などと優斗は言葉遊びのふりをして、平然と言ってのけるから、さくらは笑う。
笑って、ざんこくなことを聞いた。
「じゃあ、聞かない方がいい?」
人の気持ちに気付かない女性レポーターに女優は、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、あなたにはきっと分からないでしょう、と言った。テレビが伝えている。こんなこともニュースになるなんて、言葉さえ発せない。
抉りだすなんて、最低だ。
思って、そうしようとしている。
「さくらが聞いたって、つまらないことばかりだ」
テレビが消えた。
みかんを食べ終えてすこし黄色くなったさくらの手に、優斗が頬を擦り寄せた。
「怖い夢をみたよ」
「うん」
流れた涙を、むき出しにされた感情を、さくらは愛おしく思う。
「怖かったね」
さくらの言葉に、優斗は目を閉じて涙を流す。さくらはみかんの皮を、ごみ箱に捨てた。