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僕が住んでいる地域から、一番近い公立高校に通っている高校生のほとんどが、五十メートルほどの桜並木を通って登下校している。それは僕も例外ではなく、晴れの日も雨の日も風の日も、そこを通っていた。季節によって、青々と茂った葉で陰になっていて涼しかったり、毛虫から羽化した蛾が飛び回っていたり、木に積もった雪が突然落ちてきたりと、様々な表情を見せる。なかなか面白いので、僕は気に入っている。
 それでもやはり、一番きれいなのは春、桜が満開の季節だ。散り始めると、顔に舞い落ちる花びらが少々鬱陶しいが、それも我慢できるほど、きれいな桜並木になる。

 春は別れの季節だとよく言うが、確かに桜の蕾が開き始めると、何かがある。卒業、入学、転勤。学生だと浮かぶのはこの程度だが、時には同級生の転校なんてニュースが飛び込んでくることもある。それでも大人からすれば大したことはないと、一蹴されるのかもしれない。

 今年も桜が蕾をつけはじめた。ふと一本の枝に目をとめてみると、今にも開こうとしているような蕾が、本格的に暖かくなるのを待っている。
 そして、今年は何があるのだろうと思う。といっても、自分に直接関わりのあることが何か起きるとは、意外に思わないものだ。この時の僕もそうだった。
 きっと毎年のように桜が咲いて、散って、ほんのわずかの出会いと別れがあって、それで終わりなのだろうと思っていた。


 物心ついた頃から、僕は佳乃の傍にいた。
 とにかく活発だった彼女は、幼い頃は常に走り回っていた。その為こけてケガをすることもしばしば。僕の母にか佳乃の母にか、もう覚えていないが、いつのまにか、佳乃用の絆創膏入れを持ち歩くのが僕の役目になっていた。この女から目を離してはいけない。その頃から本能的に僕はそう思っていた。6歳の少女に、5歳の子供が、だ。

 一歳上の佳乃は一足先に小学校にあがり、しばらくは僕に平穏な日々が訪れた。しかし、それも一ヶ月ほどしか続かず、最初の一ヶ月が終わる頃には、僕が通う幼稚園のすぐ近くにある小学校から脱走してきた彼女に、頻繁に幼稚園から連れ出され、いたずらの手伝いや、冒険と銘打った近所の小さな山の散策に付き合わされるようになっていた。そんな小学一年生も恐ろしいが、彼女に連れられて道なき道を歩きながら、べそをかくでもなく後で親にする言い訳を考えていた6歳児も十分恐ろしい。と、我ながらそう思う。

 僕が彼女と同じ小学校に入学すると、途端に彼女が起こす事件の件数は増えた。そのほとんどに僕が関わらされ、ほとんどの罰を一緒に受けさせられた。放っておいたら危険だと本能で察知して、自らついていくこともあったが、多くは強制的に連れて行かれていた。どちらにしても、その頃はまだ僕の方が小さく、小学生にしてはすらりと背が高かった彼女に抵抗することなど不可能だった。
 彼女が中学一年生、僕が小学校六年生の時にも、佳乃が先に小学校に上がった時と同じことが起こった。しかしさすがに幼稚園のように簡単には抜け出せず、それをなんとなく理解していた僕は、拒否したり、意見したりすることも覚え始めた。ところが彼女にそんなものは通用せず、相変わらずほとんど無抵抗のまま付き合わされていた。

 僕は中学にあがった。それと同時に身長も伸び始め、あっという間に彼女に追いついた。初めて僕の方が大きいと分かった時、散々彼女に文句を言われた。身長差が縮むにつれて、彼女のいたずらもだんだんと小さなものになっていった。実際に起こす数も減って、時々突拍子もないことを楽しそうに話すだけになった。少し、ほんの少し、つまらないと思った。
 今まで、楽しかったのか。

「変わったね」
 僕が高校に入って、まず彼女に言われたことだ。それはこっちの台詞だと、喉元まで出かけて飲み込んだ。
 高校生になった彼女は、女の子だった。ボーイッシュで、お転婆というより腕白と言ってもおかしくなかった面影は全くない。まぎれもなく女子。そして、時々信じられないくらいふわりと、かわいく笑うのだ。
 はたと考える。なぜ彼女から目を離さなかったのか、危険なことにも自らついていったのか。幼稚園に入る前から彼女に連れまわされていた僕だ。もちろん、恋愛なんてする余裕はなかった。しかし、佳乃に感じた胸の苦しさが、恋心なのだろうということは分かった。
 僕は、あまり口数が多くない。それに、こんな相談をする友達も持ち合わせていない。
 僕が彼女に恋をしていることは、僕以外の誰も知らない。


 佳乃から突然の告白を聞いたのは、三月の終わりだった。
「はあ」
 告白、といっても僕にではない。だから、僕は興味のなさそうな返事を返した。あくまで、それを装っているだけではあったが。
 彼女、つまりここでいう原口佳乃は、高校二年生にもなって、女友達ではなくて僕に恋心を打ち明けた。幼馴染とはいえ、一歳下、れっきとした男の僕に。
「反応薄いなあ。もっと、ええ、とか、びっくりした、とか言ってよ」
「びっくりした」
「ケンカ売ってる?」
「言ってって言われたから言ったんですよ」
 佳乃は不満そうな表情を一瞬浮かべて、話を続けた。
「だから、先生は四月中には引越しちゃうの。もたもたしてたらダメな訳よ。分かる?」
「はあ」
 さっきの話を聞いた限りでは、彼女が好きになった人というのは、大学生の杉谷という奴らしい。佳乃の元家庭教師で、大学を卒業すると同時にやめることになったので、想いを伝えたいという。しかも、それが生まれて初めての恋だというのだ。
「先生と約束は取り付けられたの。卒業のお祝いにプレゼント渡したいからって口実で」
「それで、会ってどうするんですか」
 僕がその質問を口にすると、途端彼女は黙りこんだ。言葉を探しているのか、僅かに口元が動いている。僕はじっとその様子を見守る。答えなんて、聞かなくても分かっているのだが。
「言うよ。告白する。・・・好きですって、言う。」
 だから、色々と手伝ってね。そう彼女は笑顔で付け足した。
 そうですか、と僕は頷いた。彼女の性格なら、誰が何を言っても、一度決めたことをやめようとはしない。僕に彼女の恋をどうにかできる権利はないのだ。

作品名: 作家名:百千