月も太陽も見ていない場所で
青白い頬は死にやつれておらず、瑞々しい丸みを帯びている。思わず手で触れたくなるような白磁の艶を持つ肌もまた、同様に瑞々しい。
唇は鮮やかな色をしていた。
血など通っているはずもないのに、青白い皮膚とは対照的な、血の色に濡れていた。
美しくも歪なその死体を前にして、しかし棺を開けた男は感情を見せない。淡々と、ただそれを見下ろしていた。
「どうしてだろうね?」
男の背後には青年が立っている。夜明け前の薄闇からわきだしたのか、彼はいつの間にかそこにいたのだ。
「俺達が君達を殺してしまうのはごく稀で、君達は君達をよく殺すのに」
なぜ君達は俺達を、執拗に執拗に、殺そうとするの。
男は振り向かなかった。
青年の黒くなめらかな髪も青白い顔も紅い唇も、見はしなかった。
ただ、口だけを開く。
「それは、」
お前達が、私達を、食べるからだ。
僧衣を着た男はただそれだけを告げると、異形の者と口をきいたことを恥じるようにおし黙る。
黒髪の青年は、彼の迷いのない言葉に少し笑みを浮かべると、眩しそうに薄明の空を見上げた。
「俺はね、人間だったころ、兵士をやっていたよ」
空を映した瞳は、暗い暗い海の底の色。
「人を殺して、」
「人を殺して、」
「人を、殺した」
自らの、血の色に染まった生を嘲笑うかのように、しんと静かな青い闇の色。
「人間だった頃も俺は・・・・人の血と肉と骨で、生きていたんだ」
背後に凝った闇は、くすくすと呪いにも似た言葉を紡ぐ。
「ねえ、神父さま」
覚えていて。
あなただって、俺達を食べて生きているんだよ。
俺達の肉をパンに、血をワインにして生きているんだよ。
「おんなじ、なんだよ・・・」
何故だか、青年は寂しそうだった。
青い青い哀しみが瞳に色づいていた。
声を振り切るように、男は腕を天にかかげる。
その手には、命を奪う鋭さを持った木の杭が握られていた。
「君が食べているのは、神さまの恵みなんかじゃなくて、」
薄水色の空に、夜明けの光がきざす。
黒衣の神父は、腕を振り下ろした。
『いきものの死、そのものなんだよ』
背後に闇はもういない。
太陽に焼かれた死体は、灰となり風に舞う。
それは、少女のかたちをしていた。
作品名:月も太陽も見ていない場所で 作家名:白架