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稜(りょう)
稜(りょう)
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【独伊♀】Your Knight 1【サンプル】

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一日め



 ――とうとうこの日が来た。
 よく晴れた月曜日の朝、社長の邸宅の前に車を止めた。気合いを入れすぎて予定より早く着いてしまったが、差し支えはないだろう。
 はやる心臓を抑えるため、もう何度めになるかわからないが、一日の流れをまた確認することにした。朝は車で高校に連れていき、授業中は待機、放課後は習い事に行かせる。終われば家に送る。ほとんどが待機の時間だ。だからと言って気を抜いていいわけではないし、そんなつもりは毛頭ない。
 次は地図だ。実際に走ってみたときの目印を頭に浮かべ、小さくつぶやきながら点検していく。……大丈夫だろう。最短経路を割り出してはいるが、もっと近くて時間がかからない道があるのならば訊けばいい。
 確認が終わり、落ち着いてくると、次に頭を占領したのは、一週間警護をする対象――社長の孫娘のことだった。
 見たことがあるのはたった一度だけだ。見たとは言っても、遠目ではよくわからなかった。つまり、今日初めて顔を合わせることになる。
 社長の孫娘は双子だったが、彼がつくのは妹の方だ。姉には彼の先輩がついている。今日は部活の朝練で先に家を出ているそうだ。
 ――それにしても。
 ちらっと腕時計に目を落とす。そろそろ出なければ遅刻だ。一度は静まったはずの緊張がまたぶり返してきた。来ないのならばこちらから呼びに行くべきだろうか。車から降りたそのとき、突然、壊れそうな勢いで玄関ドアがひらいた。
 出てきたのは制服姿の少女だった。スカートのプリーツを乱し、なにもないところでつまづきながら、転がり跳ねるようにやってくる。毛糸玉で一生懸命遊んでいる丸々とした仔猫を連想してしまったが、すぐにその馬鹿な想像を打ち消した。
 ……まさか、とは思うのだが。
 少女はこちらに気づいたようだった。わたわたと門を開け、彼の目の前で立ち止まった。
 ――まさか、その「まさか」なのか。
「おはよう!」
「おはようございます……」
 ゆるやかにウェーブのかかっている栗色の髪が、高い位置でポニーテールになっている。頭を動かすたびに揺れた。背は小柄で、彼の肩くらいの位置に頭がある。
 好奇心を隠さない琥珀の瞳が、じっと見上げてくる。それがあまりに熱心なので、なにもしていないのに、いたたまれなくなってしまう。
「貴方が、私の新しいボディーガードさん?」
「はい」
 戸惑いながらうなずく。彼女は「わっ」とうれしそうに息を詰め、弾けるように笑った。
「やっぱりそうなんだ! はじめまして!」
「……はじめ、まして」
「よろしくね。じゃ、握手しようよー握手ー」
 いきなり手をつかまれ、ぶんぶん振られる。イメージしていた「社長令嬢」とは似ても似つかない。あっけに取られてされるがままになってしまう。
 だが、なぜか、さすがあの社長の孫だ、と感心してしまった。くせのある髪の質や、瞳の色などの身体的特徴はもちろん、かもし出している雰囲気やテンションがそっくりだ。
 いや、感心している時間はない。遅刻してしまう。
「早速ですが、高校までお送りします」
「あ、うん。りょーかい」
 黒塗り高級車の後部座席のドアを開ける。彼女はそのことに疑問を覚えないようで、慣れた様子で乗りこんだ。その態度は確かに「社長令嬢」で、どこか奇怪に思える。ドアを閉め、運転席に乗りこむ。自分も彼女もシートベルトをしているのを確かめて、発車した。
「ねぇねぇ!」
 後ろから元気のいい声が飛んでくる。色々と話しかけたくてうずうずしているらしい。シートベルトをしていなければ、おとなしく座らず、身を乗り出してきていたに違いない。……さっきは仔猫のようだと思ったが、遊びたい盛りの仔犬の方が正確かもしれない。
「どうなさいました」
「まだ名前聞いてなかったよね? なんていうの?」
「ルートヴィッヒです」
「ルートヴィッヒかぁ。じゃあ、『ルーイ』って呼んでもいい?」
 その年ごろならではの、若さにあふれた積極性にたじろいでしまう。相手が誰で、どんな関係だとしても、必要以上に親密になるのは好きではなかった。むしろ、距離を置き、わきまえた交流を持つ方が好きだ。性にも会っている。
 いつもなら冷たくあしらって引き下がらせるのだが、社長の孫娘が相手とあってはそうもいかない。ごちゃごちゃと考えて運転中に気を散らすのは危険でもあるので、ここは曲げて、譲歩せざるを得なかった。
「……お好きにどうぞ」
「やった。あ、私はフェリシアーナ。『フェリ』でいいよ」
「できません」
 それだけは絶対に無理だ。
 短く言うと、口をとがらせる。動作が高校生とは思えないほどに幼い。
「固いなあ」
 そう言われても、これが彼の性分なのだから仕方ない。直せるものならとうに直している。
「せっかくなんだから、お友だちになろうよー」
 友だち。予想外の単語だった。
 彼にとって、彼女は「お嬢様」で、それ以上でも以下でもない。「友だち」という仲になるなどありえなかった。
「私は、お嬢様をお守りするために参りました」
 友だちになるためではない。その意図を含ませて、冷ややかにはねつける。今までは、このやり方で全員引き下がった。彼女も例外ではないだろうと思った、……のだが。
「うん、だから、仲よくなろうよ。ね?」
 むしろ、迫られる結果を招いてしまう。どうやら彼女は文脈というか空気を読めない性格らしい。こういうタイプを相手にするのは初めてで、どう対処すべきかわからない。さすがに面と向かって拒絶はできなかった。
「……努力は、します」
 それが彼にできる最大限の譲歩だ。
「えー?」
 残念そうな顔をルームミラー越しに見て、すぐに前方に視線を戻す。道路はこの時間帯にしては比較的空いている。急げば間に合う。法定速度ぎりぎりまでアクセルを踏んだ。
「ねぇ、ルーイ」
「はい、お嬢様」
 もうすぐ彼女の通う女子高に到着する。遅刻は免れそうだ。
「鞄、忘れちゃったから家に戻って」
「……わかりました」

 結局、初日早々から遅刻した。


 彼女の授業中は急用や急病に備え、待機することになっている。五分以内で駆けつけられるならば待機場所の指定はないので、今は、遅い昼食のためにファミレスに来ていた。
 今日の日誌を書こうと決めたのはいい。だが、頭痛とため息が止まらない。遅刻についてふれないわけにはいかない。ごまかすことはしたくない。胃が痛い。
 自分の手落ちについて考えていると、会社から支給された携帯電話が鳴り出した。
 すわ一大事かと取ってみれば、
『やっほー、俺俺』
『……番号をお間違えですよ。では』
『ちょっ、ひどいわ! フランシスお兄さんの美声を忘れるなんて!』
 相手はフェリシアーナのボディーガードの前任者のフランシスだった。妻の出産のため、一週間の休暇を取り、それで彼にお鉢がまわってきたのだ。
『うまくやってるか? ん?』
「……実は――」

『そりゃ災難だったな』
 今朝の出来事を話すと、心底おかしそうに笑われた。そこまで笑うか、と顔をしかめてしまうほどである。こらえきれずにため息をもらした。
「先輩はどうしていたんですか」
 フランシスはいい加減に見えても仕事はきっちりやる男だ。コツをぜひ聞きたかった。