ガードレール
さざなみが聞こえる
陽光に照らされた波打ち際には冬の寒さにもめげず子供が戯れて、その嬌声を響かせていた。
……よりにもよって来たのが海か。
何でこんなとこ来ちゃったんだろう。
この時期の海辺なんて風を遮るものがないから寒風吹きすさぶに決まってるのに。
砂浜に下りるのも億劫で防波堤のガードレールを背もたれに僕は座り込んでいた。
さっきから頭の中は自分の犯した失敗と、寒さへの文句だけが渦巻いていた。
背もたれのガードレールを跨いで、コンクリートに散った砂を踏む耳障りな音がして。
「ほれ、コーヒー」
頬に痛いほどの熱さの缶をつけられ、僕は横を見上げた。
いつのまにか、振り切って逃げたはずの人物がそこにいて、僕はため息をついて缶コーヒーを受け取る。
銘柄も種類もいつも自分が購入しているもので、そんなところまで憎らしかった。
缶を握っていると自分の身体がいかに冷えていたかが解る。
手がかじかんで、開けるのものもままならなくて、仕方なく僕は両手で缶を握って暖をとる事にした。
5分、そんな逃避をしていても隣で立ったままの奴は何も言って来なかった。
結局いつまでも隣で缶を持ったまま立っている奴に僕は声をかける。
こういうとこ、僕は短気で我慢が出来ない。
「座れば――?つーか座んねぇと見下されてるみたいでむかつく。座れ、せーご」
僕を見下ろして少し逡巡して。ようやく誠吾は腰を降ろした。ただでさえ最近身長差が気になってるのに、これで座った僕と立った奴とじゃ、一番劣等感を刺激される形じゃないか。
「由樹……、ごめん」
奴がいきなり謝った。見下ろしていた事に関してじゃないくらい、僕も解ってる。
「なんでもかんでも謝ってんじゃねーよ。僕が悪かったことくらいわかってるさ」
わかっている。僕が悪いことくらい。
こいつがそばにいると自分が自分でなくなる。
今まで培ってきた自分という人間が壊れていく。
「わかってるんだよ、由樹が俺を受け入れられないこと」
隣で誠吾が呟いている。
違う、受け入れられないのはお前と一緒にいる時の自分だ。
受け入れるも何も、誠吾の存在は元々あったものだし。
そばにいてくれないと、自分を形成している何かが足りなくなるし。
誠吾がいてくれないと僕が僕でいられなくなる事もわかっている。
ただ、僕が素直になれないだけだ。
本当はわかってる。素直になれたら、簡単に乗り越えられたら、
僕も誠吾も楽になれる。
ガードレールみたいに簡単に乗り越えられない、心の境界線。