僕の書く、
「これ、あげます」
白いシーツのかかるベッドに横たわる僕の好きな人は、漆のような黒々としたまつげに縁取られた目をこちらに向けた。その姿の、なんと神々しいことか。
初めて小集団形式の講義で、その横顔を見たときの気持ちを思い出した。財閥からもらった講堂をもつ大学に僕は何も期待しておらず、ただ将来のために、しっかり勉強しようとだけ思っていた。中学でも、高校でも基本的には同じように考えていたから、僕はきっとこのまま大学院まで行って、父や母と同じように外務省に入省し、外交を取り仕切っていくのだとばかり思っていた。
ところが、だ。
美しい人がいた。
髪も眉毛も、まつげも、黒々していて、知的な瞳が少し長い前髪の間にのぞく。自分の補助をしている院生だと、くたびれた感じの教授が説明した後、前に出て挨拶をした。
「皆さんのサポートをしていきます。一緒に学んでいきましょう」
明朗快活。歯切れの良い言葉は、昼の陽気にまどろんでいた僕の脳細胞を活性化させた。
と同時に、自分の性的嗜好に戦慄した。
僕は同性愛者だったのか。
高校生のとき初めて出来た彼女を思い出した。
小さくて、長くまっすぐな髪をハーフアップにしていて、いつも恋愛小説を読んでいた。僕は間違いなく彼女を、人間的にも、異性として性的にも愛していた。その小さなてのひらに触れると胸が高鳴ったし、薄いくちびるをいとおしいと思ったことさえある。
なのに、なぜ?
上の空の90分が終わったあと、すぐさまケータイを取り出し高校からの友人を呼び出した。
「で?」
ついさっき起こった、驚くべき出来事を話すと、高校からの友人である三浦有里子は笑って先を促した。僕が彼女を相談相手に選んだ理由は無数にあるが、ひとつは彼女が同性愛者だからだ。もしかしたら、彼女がそれは思いすごしだといってくれることを望んでいたのかもしれない。
「で、って。だから、どう思う?やっぱり同性愛者だったのかな?」
「馬鹿じゃない。あんたはバイだったのよ」
言い放つと彼女は一気にオレンジジュースを飲んだ。口内がべとつくから僕はオレンジジュースが好きではない。
彼女の三白眼気味の目は鋭いが、なかなかに味があって僕は好ましいと思っていた。しかしこのときばかりはその視線が痛かった。
「いいじゃん。単純計算で世の中にパートナー候補が二倍に増えたのよ。それに、そういう遺伝子に縛られない愛って人間!て感じがしてあたしすごく好きよ」
これ以上話すことはないといった風に、空になった紙パックを持って有里子が席を立つ。僕はその姿を恨めしげに見つめた。
「何その目。あたしは本気で云ってるのよ。だって、あたしだってある意味では性別に縛られてるもの。裕太だって、きっと同じように云うんじゃない?」
裕太とは僕たちが親しくしているもう一人の男で、文学を志す優しい青年だ。彼は至ってノーマルな性癖の持ち主で、高校から付き合っているかわいらしい彼女がいる。
「まあ、今度見せてよ。あんたを気付かせてくれた人」
僕の好きな人は、その瞬間、僕を気付かせてくれたすばらしい人となった。