ぼくたちおとこのこ・番外編
ソファでうたたねのつもりが、本格的に寝入ってしまったのだろう。波の流れるような髪にそっと手を触れてみる。
贖罪という言葉は、自分と一番遠いところにあって、きっと一生その言葉が表す行為と自分が交わることはないのだと思っていた。
薄いシャツの下に隠れる深い傷を思った。
入学して一番最初の実習で、美島と同じ班になった。あともう一人、岡田という背の低い、どこか幼さをのこした感じの奴も一緒だった。その最初の実習は、簡単な火炎を出すというものだったのだが、岡田は呪文のスペルをひとつ間違えた。
そのたったひとつ。
たったひとつが美島の背中を焼いた。
岡田の出した炎の前にいたのは俺だったのに、咄嗟に美島が俺をかばい、結果彼の背中が焼かれてしまった。
このことに関し、俺は何も罪の意識を抱かなくて良いはずだ。他人の目から見れば、落ち度があるのは明らかに岡田であり、俺は被害者の一人であるはずだ。
けれど俺は、加害者の一人だ。目の前に迫る炎を避けられなかったわけではない。少し、ほんの少し身を翻せばよかっただけだ。しかし俺は、あえてそれをしなかった。このまま焼かれてもいいな、と思っていたからだ。
あのころ本当に何もかもがどうでもよくて、自分のものにならない人生なら、もうここで捨ててしまえと思っていたのだ。
「あ、れい」
不意に波が目を覚ました。
「おはよう」
「おは。てもう夜やんな」
のそりと起き上がり、結果として俺に背を向けるかたちとなった。背骨の浮かぶ薄い背中にまだはっきりとあの痕があるのか俺は知らない。あの後一度だって、俺たちの間であのことについて語られたことはない。
美島は一週間ほど学校を休んだ。その間に岡田は学校をやめた。俺は一人で実習を続けた。美島は入院していたらしく、戻ってきてからも頻繁に保健室に通っていた。塗り薬をもらいにいっていたのだ。その仕事を、俺は引き受けた。単なる気休めにしか過ぎない贖罪だが、俺はどうして良いのかわからなかったのだ。
「怜を縛ってるこの背中がきらいやねん」
ぽつりと波がつぶやいた。波の顔は暖炉の炎に照らされてオレンジ色に染まっていた。
「別に縛ってねえよ」
「でも、怜は自分のために何かしてる?あれから僕の世話ばっかりしてへん?あれはしゃあなかったんやし、怜は俺に罪の意識とかもたんでええんやで」
ここで、違うんだといったらどうなるのだろう。思ったけれど口に出す勇気はなかった。怖かったのかもしれない。今は許されている、もろもろの贖罪行為すら拒否されることが。
償えない罪ほど重いものはない。
「でもやっぱり、俺がいけなかったから」
「どういうこと?」
「いつか話す」
いつか、もっとお互いの傷が癒えたら話そう。許されなくても、それでもいいと思えるようになったら話して、謝罪をしよう。
作品名:ぼくたちおとこのこ・番外編 作家名:おねずみ