taste of Caramel
最初にその大仰な名前を目にしたのは、夏休み明けの黒板の上だったけれど、ひらがなでさえ、そのインパクトったらなかった。
おまけに、本人のルックスも負けていなくて。
腰までの真っ直ぐな黒髪に、つややかな天使の輪。化粧でもしてるみたいに透き通った肌、紅いくちびる。
白いブラウスと紺色の吊りスカートなんていう画一的なカッコに押し込めても、垂れ流される『お育ちの良さ』は隠しようがなくて、まだ一年も過ごさない教室の中で、クラス中ひとり残らず感嘆の溜息を漏らしたものだった。
「冗談みたいよねえ」
プラスチックの箸に摘み上げられたタコさんウィンナーに対する感想ではない。念のため。
まあ、これだって充分ギャグな代物ではあるが、弁当箱に詰められたそれを口に運んでいるのがヅカばりの名前を持つ女子高生だったり、ちょうど好い加減に炒められたそれが『じいやのお手製』だったりするのだから、いちいち突っ込んでいられない。
「なあに、ユキちゃん」
こくん、と咀嚼していたタコさんウィンナーを飲み下すと、首をかしげて微笑んでくる。
「アンタの存在そのものが」
「やあだ、ひどいわね」
くすくす笑いながら、菫はきっちりひと口分残っていた豆ご飯を片づけにかかる。
出逢った人間すべてを魅了するよう躾けられているこのお嬢様と、小中高通じての親友なんてものをやっていられるのは、しかしこの口の悪さのせいだろう。
ユキちゃんといると安心するの。
そこそこ素行の悪い(うわあ、親父ギャグちっく)あたしとの付き合いを心配する教師連やら、両親、取り巻きの下級生やなんかの言い分を、菫は笑顔とこの一言で切り捨ててきた。
安心。
親友。
こーゆーのなんて言うの。偽善、でいいのか。
ま、ウソじゃないんだろうけど、真実すべてでもない。
「なに笑ってるの、ユキちゃん」
「終わったの」
答えずに問いかけて、答えを待たずに、あたしは手を伸ばした。
日陰にもかかわらず、寝そべっている屋上のコンクリートの床はあたたかい。
「うん」
「今日は、どっちがいい」
三角に立てられた足の、ふくらはぎ半ばまでの白い靴下の間を、通って。突き当たりに人差し指を這わせながら見上げると、菫の瞳は、もう色が変わっていた。
「ゆび」
「ん」
だれも、しらないだろう。
いやらしい期待に涙で潤んだお嬢様の目が、文字通りスミレ色に染まることなんて。
そんなに欲しいならあげる。ほら。
「っは、あ」
「濡れてるよ。直接が良い?」
円を描くようになぞれば、くちゅ、と音がして。指先に力を込めると、見上げた顔が歪む。
可愛い顔は、いやらしくしても可愛い。
男どもは、この子を聖女かなんかみたいに穢しちゃいけない、とか言うけど。バカじゃないのかと思う。こういうときが、いちばん綺麗なのに。
「菫、返事は」
「…ちょうだ、ぃ。ユキちゃん。おねが、い」
「イイ子」
ぐちゅ。布を押しのけて入れたら結構な音がした。頬が上気して、恥じらいながらも抗えずに腰を浮かせている。
「ユキ、ちゃん」
「何」
あえぐような呼吸の合間から、まだ言葉をつむぐ余裕があるなら、今日はちょっとぐらい強引にしてもいいだろう。生返事で刺激を強くしようとした指が、続けられた言葉に止まった。
「わた、し……婚約した、のっ」
脳が、灼き切れた。
「んっ…ふぐぅ、っぅん、んんんんんっ」
噛み付くように口付けて。
容赦なく掻き回して。
そういう自分を、空から見てる自分が居た。
華奢な美少女に覆い被さって、壁に押し付けて。
思う様、むさぼる。
知っていた。いつか来る日だった。でも、いつかはいつかで、今日でも明日でもなかった。だから、ちりちりと触れたところが焦げ付いている。
菫の唾液はいつもどおり甘いのに。
焦げた苦味が入り混じる。
ちょっとした悪戯から、ナイショのいけない遊びを繰り返して、そこから引きずり出される、置いてきぼりをくらう、あたしたちは。
明日からの身体に、痛みも疵も残さない。
約束も永遠も要らなかった。信じてなかった。
きっと、この苦さと甘さだけ、舌が憶えてく。
その細い腕だけは、最後まで押さえつけておこう。背中に回されたりしたら、塩分が追加されてしまう。流行りを追うようなマネは、まっぴらだ。
最後のあの娘は、キャラメルの味がした。
作品名:taste of Caramel 作家名:さふらん