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枯淡

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京都・六楽園。
名を聞けばどこぞの庭園かとも聞こえる響きのその場所は、そんな優美さとは無縁の場所であった。
赤子から大学受験を控えた子供まで、様々な事情を抱えながらも大勢の人間が住まうそこは、児童養護施設という位置づけをされた場所だ。
家へ帰って行く子供もいれば、『そこ』を家とする子供もいる。

「……ヤバい、徹夜した」

六楽園 一(ろくがくえん はじめ)。彼は、その後者に当たる少年だった。





**********





階段を下りて、食堂へは入らず、小さな子供達が元気に挨拶してくるのに返しながら一は台所に入る。すると、そこには藍色のエプロンを着た少女が忙しそうに味噌汁を盛っていた。

「七海、おはよ」
「あ、おはようさん、一。何、バイト?」
「や、課題…。昨日のバイトのことだけ考えとったらすっかり忘れとった…」
「ご愁傷様。ま、仕上げたから降りて来たんやろうし、とっとと朝飯運んで~」
「…了解」

大きめの盆を持って、食堂へと戻る。ふと見渡せば、小学生組以外の姿は見えなかった。

「…あれ、俊也とか亜里抄とか夢香とか、まだ寝とんのか?」
「や、朝練。俊也はリン兄から一昨日送られてきたスコアのセクションリーダー分のコピーをさっさとしたいからって、一時間前には学校行った。ちなみに、可奈は昨日からそのリン兄のところに特別レッスンで東京」
「あぁ…コンクールか」

義妹や義弟達に渡しながら、一は東京にいる、この六楽園での『義兄』のことを思い出す。結構危険な橋を渡りまくって好き勝手している兄だが、自分達には優しいので問題ない。

「そういや、リン兄とリツ姉。ヨーロッパツアー承諾したって、この間レン兄が狂喜乱舞しとったんやけど」
「あぁ、それ本当の話。まぁ、リン兄の任期が終わってからやからあと2年は後と見越しとるんやけど…」
「あぁ、二年…まぁ、珍しくもないか」
「そーゆーこと。あ、そうそう。さるわっちゃんから電話入っとったんやった。学校行ったら来いって」
「……それは先に言え」

悪びれもしない七海の言葉にため息をつきつつ、一は朝食を食べ終えると急いで出る準備を始めた。もちろん、課題を忘れるなどと言うことはしない。

「うちは今日午後からの授業だけやから、片づけやっとくよ~」
「そういや遠征か…じゃ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」

七海達に見送られ、一は家を出た。そう言えば今日の天気予報は聞いていなかったが、この空模様では晴れるかもしれない。
ふと、門の上に黒猫が丸まっているのを見て、一は走る速度を緩めた。

「椿、おはようさん」

猫がピシリと尻尾を振ってこたえるのを見て、一は再び走り出した。





**********





学校が、別段近いというわけでもない。自転車で15分という程度の距離。まず、六楽園の施設自体街中から離れた場所に建てられているので、当然、高校もその近くと言えば山の近く。
神社や寺などの前を、横を、その姿を視線でとらえつつ通り過ぎれば、高校と言うには広く、大学と言うには狭いその敷地が姿を見せる。

六楽園音楽高等学校。

最近では芸術総合高等学校、もしくは高校専門学校とでもしようか。なんて噂が流れているそこは、名前の通り、六楽園の施設と同じ経営者だ。
教育方針云々は割愛。あと、進学率や進学先の話も割愛しよう。どうせおいおい出てくるのだし。
そんな広い敷地内では、既に音楽があふれ、徹夜組が眩しそうに空を眺め、運動部は汗を流している。

「あ、一おはよ!」
「六楽園先輩、おはようございます!」
「六楽園、おはようさん」
「おはようございます」
「おぅおはよ~」

同級生や後輩からの挨拶に応えつつ、一は教室に辿り着いて一息ついた。

「さて、さるわっちゃん探しに行くか……」

今日も、昨日とは違う一日が始まる。
しかし、六楽園一の日常は、いつもこんな始まりだった。



作品名:枯淡 作家名:佐上 礫