Pieces
「これ、こっちで良い?」
「良いよー。てか適当で」
「お前細かいから後で綺麗に配置し直すか」
ようやく夏の暑さが和らいだ9月の終わり。後期の授業が始まる前に、
俺は親友の悠也が住むマンションに引っ越してきた。
「隣の部屋に圭が居るなんて変な感じ」
「あんまりうるさくすんなよ。ギターも夜はやめるように」
「わかってますよー」
一緒に住もうと言われたがさすがにこのワンルームに男二人は狭い。
そして何よりも同じ部屋でこいつと生活するのは精神衛生上よろしくない。
「いつでもお前と飲めるし、いつでもお前の料理食べられる!」
「たまになら良いけど」
「えーっ」
「うちに入り浸るの禁止」
せっかく隣同士なのにーと拗ねる悠也は放っておいて、
俺は段ボールからすぐに必要な生活用品を取り出して並べていった。
台所、洗面所、風呂場…所定の位置に綺麗に並べないと気が済まないたちだ。
「相変わらず細かっ」
「悠也もそんな散らかす方じゃないじゃん」
「圭はなんていうか、1ミリでもズレてたら直してそう」
「1ミリ…はないけど、1センチなら直すかもな」
空いた段ボールを畳んで脇に寄せる。
すっかり日が落ちた景色に目を向けながら、早くも俺のベッドで寝転がり漫画を読む悠也に苦笑した。
「飯、うちで食べてく?」
「良いの?」
「引っ越し手伝ってくれたし、何でも作ってやるよ」
――…
「ほんとパスタ好きだよね」
大抵の料理は作れるのに悠也はいつもパスタが良いと言う。
簡単なので正直張り合いがない。
「圭はレトルトのソース使わないじゃん。それがすげぇ」
「ソースレトルトにしたら料理じゃないし」
「うわ~今多くの人を敵に回したな」
こんなことでお前が喜ぶなら毎日だって作ってやるさ。
もしそう言ったって俺の本当の気持ちには気付かないくらい、
俺たちは仲の良い友達同士になってしまっていた。
「酒飲みたい」
「ビールしかなかったような…」
ビール苦いから嫌だーと悠也が口を尖らせる。
仕方ない買いに行くかと立ち上がると、ならいらないと服の裾を引っ張られた。
「一人も嫌だ」
「は?」
「せっかく圭が越してきたんだからもっと一緒に居たい」
「……」
俺の裾を握る悠也の指に力が入ったような気がした。
「俺の気も知らないで」
「…多分、」
言いながら悠也も立ち上がった。俺より少し低い身長。
うつむいた表情は見えない。
「俺と一緒だよ。圭の気持ち」
悠也の反対側の手が俺の頬を撫でた。視覚で捉えたものに思考が追いつかない。
「な、に…」
「圭が好き」
「…友達だから?」
「圭はそうなんだ?」
「違う――」
ここでごまかすことはしたくなかった。
悠也が放った言葉は俺がずっと秘めていたものと同じだと思ったから。
ベッドが大きく揺れて二人で折り重なるようにして倒れた。
「こういう意味って、分かって言ってる?」
「意外と大胆だね、圭」
「ここまで来て茶化すな」
もうただの友達には戻れないよ
俺が言うと悠也が腕を回してきて唇に触れた。
痺れるような、柔らかな感触。
少し前までは想像もできなかった距離に悠也がいる。
「信じられない」
現実感のない、夢みたいな状況。
目の前の悠也の頬が少し赤く染まっている。
「良かった…」
「ん…?」
「賭けだった。すげー緊張した」
そう言う悠也が無性に愛しくなって俺はぎゅーっと抱きしめた。
「ごめん。俺から言うべきだった」
「いやーお前は多分ずっと言わないね」
でもずっと好きでいてくれたの知ってるから良いよ。
もう一度キスをして俺たちは笑い合った。
End.