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放課後のちょうちょ

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ちょうちょが目の前を飛んでいくのを見て、悟は追いかけようか迷った。
珍しい蝶ではない。特に蝶が好きというわけでもない。
ただ目を惹かれた。
頭より先に心が動いた。
けれど悟はちょうちょの行く先をしばらく見て、追いかけるのはやめた。
蝶を追いかけても、どうしたらいいか分からなかったのだ。



「目」
目の前で不機嫌そうにマックのコーラを飲んでいる少年の声で、悟はぼんやりしていたことに気づいた。
「ごめん。なに?」
「目が泳いでる。俺と居んのが嫌なら帰るぜ」
「違うんだっ」
相手が腰を浮かせる前に慌てて引き留める。言葉にするなら多分『友達』になる同級生は、機嫌を損ねると後が大変だ。
相手は不機嫌そうにため息をついてコーラのストローを齧った。
「お前、いつもぼんやりしてるな」
「そんなつもりはないんだけど」
「なら気づけよ。俺と居て余所見してるヤツなんて珍しいぜ」
そう言わせてしまうだけの自信が目の前の同級生にはあった。
綺麗、なのだ。
口の悪さは格別だが、性格も意外にさっぱりしていて話していて楽しい。
彼の周りには、いつも悪ノリして他愛ない話をする人の輪が出来ていた。
悟はいつもそれを見ているだけの方で、正直、彼とこうして一緒に居ることを時々忘れてしまう。
「ごめん」
謝ると、相手はまた不機嫌そうにストローを噛んだ。
イライラしているな、と思う。多分、もう一度謝ったら引き止めても帰ってしまうだろう。
でもどう言い繕っていいのか分からない。
彼の仲間のように簡単に会話することが、いつもぼんやりと人の輪から外れている悟には難しかった。
「謝るな。どーせ、俺が無理矢理付き合わせてるんだ」
「そんなことは、」
「あるだろ。声かけるのも俺、誘うのも俺、お前を見てるのも、俺だけだ」
コーラのストローから唇を離して、篁は悟をじっと見据えた。真率な眼差しだった。
どきりと息を止められた悟の前で、言葉にしがたい綺麗な顔がふいと逸らされる。
「少しはお前も見ろよ」
「・・・うん」
頷きはしたが、悟にはこの同級生とどう付き合ったらいいか分からなかった。
ただ綺麗すぎて。惹かれはしても手が伸ばせない。
どうにもしかねて、気づくと視線も思考もぼんやりと浮いてしまう。
また頭の裏側でそんな動きを感じて、悟は戸惑った。
そもそも共通点のない自分と篁が、誘われたからといって篁の言うままに付き合う必要すらないことにも気づいていなかった。
誘われたからついていくだけの悟に、篁の要求は高すぎる。
どうしてこんなことになったのかを考え始め、鮮やかな声が脳裏に蘇った。

『俺と付き合えよ』

放課後、クラスメートが帰った教室で帰り支度をしていたら、不意に腕を掴まれた。
驚いて見ると、話したこともない目立つクラスメートが腕を掴んでいた。

『えーと。なに?』
『俺と付き合え』
『いいけど、どこへ?』
そこで少しだけ躊躇って、篁は唇を噛んだ。それが印象的だった。
気づくとその唇が自分に重ねられていたのだが、そのせいで、驚くのが一歩遅れた。
『意味、わかれ』
驚く前に畳み掛けられて、咄嗟に口をついた言葉が、
『友達からでいいかな』
だった。
『仕方ねぇな』と言いながら、篁は嬉しそうに笑っていた。


その笑顔が印象的だったので、悟としては出来れば篁には笑っていて欲しい。
でも自分と一緒に居ると、それは至難の技だ。
彼の仲間達なら簡単に出来ることなのに。
「あのさ」
「ん?」
「明日は、俺が誘うよ」
篁はちょっと吃驚したように目を見開いて、くしゃっと笑った。
「忘れんじゃねーぞ」
作品名:放課後のちょうちょ 作家名:みと