マンホール・チルドレン
「この街には孤児院がまだ無くて、こうやって親に捨てられた子供達はマンホールの下で暮らしているのさ。俺達の夢は、いつかこの街に立派な孤児院を建てることなんだ。俺はそこの院長になるために、一生懸命本を読んで勉強している。みんなは、鉄くずで稼いだお金を少しずつ出し合って、孤児院を建てるお金を貯めているんだ。そのお金は俺が管理している。いつになるか分からないけど、きっといつか孤児院を建てて、親のいない子供達をみんなひきとって幸せにしてやるんだ」
と夢を語りました。
少年のマンホールを出ると、赤毛の子供と男の子は街中をリヤカーをひっぱりながら練り歩いて、鉄くずを集めていきました。
昼食のチョコレートを食べる前に、大通りをリヤカーを引きながら歩いていると、お金持ちらしき金髪の子供が小汚い格好の男の子達の姿を見て、両親とクスクス笑いました。赤毛の子供達はそれを聞いてションボリとしました。男の子はその様子を見て怒りを感じましたが、ぐっ、とおさえて耐えきりました。
夕方太陽が沈む頃になると、リヤカーに鉄くずが一杯たまったので、街の外れの自動車工場へ行って、長蛇の列をつくっている子供達の後ろに並びました。「街」はこんなにも大きいものなのかとか、親のいない子供達は沢山いるのだと、男の子はしみじみ思いました。
男の子達の番になると、工場のおじさんはリヤカーの鉄くずを計りにのせて計量し、その分の代金を支払ってくれました。男の子と赤毛の子供は喜んでそのわずかなお金で、牛乳一リットルとフランスパンを買いました。
鉄くず集めの仕事をこなす毎日が続いたそんなある日、裏路地の空き地で、マンホール・チルドレン達の週一回の集会の時のことです。皆は少年の姿が見当たらないのに気付いて、どうしたのだろうとざわついていますと、一人の黒人の子供が白い息を切らせ、鼻水をたれ流しながら空き地へと駆け込んで来ました。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
と赤毛の子供が質問しました。黒人の子供は、昨晩遅く、少年が仕事の帰りに少年のマンホールの家の上で〝マフィア〟達が麻薬とお金の取引をしている現場を目撃してしまい、逃げようとしましたが捕まってしまった。少年は車のトランクに入れられ、黒塗りの車が走り去るのを偶然見たと言うのでした。少年の家の中は荒らされ、みんなで孤児院を建てるために貯めていたお金を盗まれてしまったようだと言うのでした。
「どうしてもっと早くおいら達に言わなかったんだ!!」
と赤毛の子供が怒鳴りますと、
「…だって、だって、…怖かったんだもん…」と黒人の子供は声を上げて泣いてしまいました。
集会に集まった大勢の子供達はそうぜんとし、口々に恐怖の声や泣き声を上げました。
すると男の子は突然立ち上がり、
「僕が兄ちゃんを助けに行く」と叫びました。それを聞いた子供達はさわぐのをぴたっと止め、しばらくちんもくが流れました。
「おいらも一緒に行く。お前だけに格好いいところをみせられてたまるか!!」と赤毛の子供も言いました。
「…僕も助けに行くよ。マフィア達は、この街の旧一番街の一番高い廃墟ビルの最上階に隠れ家を持っているって、普段から親切にしてくれているおばあちゃんが言ってたんだ。だから、兄ちゃんはそこで捕まっているんじゃないかと思うんだ」泣き止んでヒックヒック体を上下させている黒人の子供も言いました。
「じゃあ、さっそくそのアジトへ行ってみようぜ!!」と赤毛の子供は真剣な表情で言いました。男の子と、黒人の子供は大きくうなずき、他の子供達の声援を受けて、空き地を後にし、旧一番街へと走っていきました。
男の子達は、ツルツルの路面で何度も転びながら、大きいはんか街を抜け、街の奥のひどく風景がさびれている旧一番街へたどり着き、探し回っていると、最も高い廃墟ビルを発見しました。吹雪が増してきて、じっとその廃墟ビルの最上階を見つめている三人はこのまま雪だるまになりそうでした。
「さぁ、兄ちゃんを助けにいくぞ」と赤毛の子供は言いますと、二人は無言でうなずいて破れたガラス窓から廃墟ビルの中へ入っていきました。
エレベーターが止まっていたので、三人は果てしなく続きそうな長い階段を上っていかなければなりませんでした。
くたくたになり息を切らしながらもやっとのことで最上階に着くと、扉の無い部屋の入り口に、大人の黒人の見張りが立っていて、「なんだお前らは!!」と叫んで拳銃を向けました。発砲音が廃墟ビル内に響き渡ると、奥の部屋からぞくぞくとマフィア達が飛び出して来ました。三人は大人達の股をくぐり抜けたり、壁に隠れたりして弾を避けていました。ロープで捕らえられている少年の部屋に入って、少年の元まで後ずさりすると、もう逃げ場は無く、もう駄目だ!! というところまで追いつめられました。すると突然、パトカーのサイレンの音が地上から聞こえてきて、
「やばい!! 警察だ!!」
マフィア達は麻薬とお金を持って一目散に逃げ出しました。しかし、すでに廃墟ビルの周囲を多くのパトカーが包囲していて、「無駄な抵抗は止めろ!!」という警察の拡張器の声が聞こえると、マフィア達はとうとうご用になりました。空き地に残っていた子供達が全員で警察に通報したのです。
マフィア達が警察に連行され、少年のロープが解かれると、少年は、
「…すまなかったな。本当にどうもありがとう…」
と涙を流して三人の勇姿達の頭を何度も優しくなでました。
男の子達の勇気と功せきを称えられて、警察は子供達全員に感謝状をおくり、「街」の市長からはお礼として孤児院が建てられることが約束されました。子供達は全員大喜びしました。
年が明けて春になると、その孤児院は完成し、「街」のシンボルになりました。戦争が終結した後に少年はその孤児院の院長となり、男の子達マンホール・チルドレンはそこでずっと幸せに暮らしましたとさ。
了 2007年12月
作品名:マンホール・チルドレン 作家名:丸山雅史