トランクにて
その日は、多分、修学旅行か何かに行っていた姉が、帰ってくることになっていました。姉は2つ年上です。
夜の11時をまわったくらいだったでしょうか、母が姉を車で迎えにいくことになりました。
その時、弟である私はパジャマ姿でしたが、自分の身内が旅的なものから帰ってくるということで、何故か得体の知れない高揚感を覚えていました。
私は、よし、これはひとつ迎えにいく車のどこかに隠れて姉を驚かしてやろうと思いつきました。
私は着の身着のままパジャマのまま車に乗り込み、車は出発しました。
その車中ですっかりテンションの上がっていた私は、さてどのようなタイミングで驚かそうか策を練り始めました。姉が乗り込んですぐなのか、はたまた、しばらく、間をおいて出るのか、しかし、しばらくおくと何かのひょうしに感付かれてしまうのではないか、やっぱり出来るだけ間をあけづにいこうなどと考えていました。
母にも、決して気付かれるような挙動はとらぬように釘をさし、すでにトランクの、座席からは完全に見えない位置に、ちょうど羊水の中の胎児のように身を縮めて横たわり、万全のたいせいを整えました。
その車は軽自動車だったのでトランクといっても後部座席の後ろのスペースを意味し、隠れるのも簡単でまた、驚かすのも、ただ起き上がるだけで良いというものでした。
多少窮屈でしたが、これから訪れる至福の瞬間を思えば苦にはなりません。
やがて車がスピードを緩めて、方向指示器の音を聞いた私は、「あっ、もう待ち合わせ場所について路肩に車を寄せているな」と、身を縮めたまま推測することができました。
しかし聞き耳をたてているとどうも様子がおかしい。
何か複数の女の子の甲高いしゃべり声がするのです。
あれ、おかしいなあと思ったのですが、「ああ、同じ場所で待ち合わせして皆それぞれ迎えにくるのだな」と考えました。
身を縮めたままの私は、今まさに訪れようとしているその瞬間に胸を奮わせていました。しかしどうもおかしい。
その複数の3人くらいの声がこちらに向かって近づいてくるのです。
あれ、おかしいな、おかしいなと稲川淳二風につぶやいていた私は、突然ある不安に襲われたのです。
ひょっとしてこれは?
その不安は冷酷にも厳かに的中しました。
車のドアが開き姉の声が聞こえました。「お母さん、友達二人もついでに送って。」
母は快く応えました。
その当時の私はちょうど思春期に入りかけたくらいで、姉の友達にパジャマ姿を見られる事に強烈な拒絶反応を示したのです。
しかもトランクに隠れて驚かそうとしていた事もばれてしまう。
この恥ずかしさは、なかなかのものです。
何たる気の緩み、浮かれて能天気に家を飛び出す自分に、その後起こる事態を知らせる術はありません。
姉と友達二人は乗り込みました。
私のことは、まだ気付かれていません。
そうです、まだ望みが残っていたのです。私がこのままトランクで身を縮めていれば気付かれる事はないのです。
そして私は決めました。
「空気」になろうと…。
私は胎児のような姿勢のまま、体の全細胞ひとつひとつに集中し、それぞれが透明になっていくのをイメージしました。
徐々に、されど着実に空気と一体になるように。
それと同時にやらなければいけないことがあります。
母が私の事をしゃべらぬように念力をおくることです。
しかもそれは殺気立ってはならないのです。
他の人間に悟られずに母にだけ届く氷のような細い情念でなければなりません。
私は念じ、そして透明になっていきました。
これは何とか持ちこたえられるかもしれないと甘い予感を抱きかけたその時、「フフフッフフッ」と母が笑いだしたのです。
すかさず姉が「何?」といぶかりました。
私は何としても言わせてなるものかと、全ての気を集中し、一旦、その、気の温度を冷ましては、念力としておくりだすということを、ひたすらおこないました。
母は一度はこらえました。
「いっいや、別に」。
しかし姉の追求は止まりません。「えっ何何何」ときかれ、ついに母は決壊しました。「トッ、トランクに、ブフフフッ」
姉達は、にわかには事情がのみこめない様でしたが、トランクを指差した母を見ると、3人同時に後ろを振り返りトランクを覗き込んできたのです。
私は母が口を割り3人が覗き込んでくるまでの5秒ほどの間に、すでに次の段階に移行していました。
見られてしまえば、もはや「空気」になることは叶わない。
ならば「石」となろうと。
「石」の定義は?
固い。
そう、がちがちにかたまって、ピクリともしない。
音は発するか?
否。
生きているか?死んでいるか?
生きてはいない。
そうだ死ぬことが無理でも、「生きていない」という状態にはなれるのではないかと考えたのです。
3人は覗き込んで一瞬ビクッと驚き、その後この事態を理解し、胎児の私を無慈悲に嘲笑の的にしました。
しかしながら私はすでに「石」と化していました。
私は一切反応しませんでした。
屈辱を押し殺し、凍結させ、目を閉じ、耳を塞ぎました。
現実逃避。
人は簡単にこの言葉を使いますが、この時の私ほど完全に現実から逃避し得た人がいるのでしょうか。
しかし本当の地獄はその後にありました。
今思えば辛かったのは私より彼女達のほうだったのではないでしょうか。
ひとしきり大笑いした彼女達でしたが、途中で私の様子の異常さに、ふと我にかえり黙り込みました。
当然ながら私の存在を無視して、旅の積もる話に花を咲かせられるほどの神経の図太さも、持ち合わせていませんでした。
その後の車内は終始、無言で、その空気が、どれほど重かったことか、当時「石」だった私には知るよしはありません。
その時彼女らは何を見たのでしょうか。「石」になろうとしている少年のけなげさでしょうか。
それとも鉄のような意志を目の当たりにして寒気を覚えたでしょうか。
姉の友達二人を送り届けた後の我が家への道中、やっと身内の人間だけになっても、私は「石」をつづけました。
「いやーまいったまいった」などといって急に調子付いたと思われるのは嫌だったのです。
家まで「石」のままで通した私は、家につくと、おもむろに起き上がり、車から降りると、そのまま無言で自分の布団にもぐり込みました。
追伸
当時、私の身長はおそらく150センチくらいだったと思いますが、その夜は、おそらく100センチをきっていたんじゃないかと思われます。
心臓の中心に向かう重力がつよすぎて、締め付けられた心臓が、ブラックホールのような役割を果たし、全体をギュッと縮めたのだと思われます。
次の日の朝、身長の元に戻った私が何事もなかったかのように、いつもと同じ日を過ごしたのは言うまでもありません。