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大型犬と帝人

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駄犬お断り




「いやぁ、それにしても静雄にも春が来てよかったよ!」


そう言って闇医者は嬉しそうに笑った。セルティはPDAでうんうんと頷いている。その言葉の意味をしばし考えて、本日も本日とて怪我の治療に来ていた平和島静雄は煙草を机上の灰皿に置いた。左腕はギブスで固定されていたが、右は無事だったので右手でがしがしと頭を掻いた。



「……春ってなんのことだ?」


「おいおい冗談はよしてくれ!君に!春が!やっと来たじゃあないか!相手は帝人くんなんていうまさかの男の子だけど、僕とセルティは歓迎するし受け入れるよ!まあ私の場合はセルティがセルティであるがゆえに、セルティしか愛さないけれどね!ねっセルティ!まさに僕らは比翼連理さ。静雄と帝人くんもそうなるといい。俺らはラブラブだから!セルティ大好きだよ!あぐっ痛いよ!なんだって?口を閉じろって?分かったよ、セルティ。でも口を閉じても僕は余すことなく愛を君に向ける。なぜなら、僕は」

「あーうるせえ」

「あがっ」


おおよそ軽くはたくにしてはあり得ない音を出して、新羅がソファに沈む。セルティが沈んだ新羅の頭を撫でながら、焦ったようにPDAを見せてくる。


『お前は帝人くんが好きなんだろう?』

「好き?」
『ああ』
「…………好き?」
『…?』
「いや、俺はあいつが良い匂いで弱ぇから守ってやらないといけなくて」
「…まさか、静雄」
『…お前、それ好きっていうんじゃないか』


「…おぉ」


好きって、こういう…のか。ぱちりと瞬き一つした喧嘩人形が黙る。
自覚も無かったのか、とセルティは半ば呆れたように思った。自覚が無いにしてはあれほどまで態度にも言葉にも出しておきながらなんてヤツなんだ、とそこまで考えて、はた、と都市伝説は気づいた。最近の静雄は四六時中、仕事以外ではほぼ帝人の傍にいて、帝人と関わっている。帝人の前で犬のように忠実であれば、彼の渾名を揶揄するが如く狂犬であり、当然のように家に着いてくるという。自覚ナシであれならば、自覚を持った静雄はどうなるのだろう。それをちょうど隣の闇医者も考えていたらしく、横目にセルティに話しかけてくる。


「帝人くん、きっと大変だね」

『いや…大変っていうどころじゃなさそうだが…』


静雄はまだ黙っていた。
そして、一言。


「ああ、俺は竜ヶ峰が好きなんだ」


煙を揺らめかせる煙草を見ながら右拳を握り、胸をよぎる存在を思って静かに目を閉じた。息をゆっくり吐きながら、静雄は、竜ヶ峰今どこにいっかなあ、と呟いた。目の前のバカップルは顔を見合わせて頷く。彼はもはや手遅れだと分かっていたが、思いっきり手遅れで、きっと治りはしない重症ものだ。思ったことは一緒だった。




やった、今日は紀田くんと園原さんとゆっくり遊べた!
そして竜ヶ峰帝人は何日かぶりの友人達との遊び時間を満喫して、笑顔で帰路についている。軽く鼻歌でも歌いそうなくらい満足げである。


(にしても珍しいなあ。静雄さんが来ないなんて)


ここのところ毎日平和島静雄がずっと傍にいたから、迂闊に友人達とは遊べなかった。しかし運が良いことに本日は静雄が帝人を訪れることはなかった。学校が終わっても校門前は静かなまま。その平穏が帝人には心の底からの安堵を感じさせる。だが今日やっと遊び終えていざ満喫してみると、疑問が残る。静雄さんはどうして今日は来なかったのだろう。そりゃあ大人だから色々あるのだろう。しかし、あれほどまで毎日自分に固執というかひっついていた静雄がいきなりいなくなってみると、なにやら寂しいものを感じたものだから改めて自分はすごい。


今日の夕食のメニューを考えながら、家路を辿る。
もしかして静雄さん、まだお仕事中なのだろうか。なら怪我をしないといいけれど。
別に帝人は静雄が嫌いというわけではない。むしろ好きな方に入ると言ってもいい。ただ本当に不思議でちょっとだけ有り難迷惑だっただけだ。


「……まあ、僕には関係ないか」


取り出した携帯で静雄さんのアドレスまで開く。そこから思い直して携帯をポケットにつっこんだ。深く関わるべきじゃあないと分かっていたからだ。来なくなったら来なくなったで寂しいとか感じるなんて自分は何様のつもりなんだか。ため息をはいて帝人は肩下げの鞄をバランス調整した。


そういえば冷蔵庫にプリンがあったな・・と思いながら足を進めていると、家の前に誰かが立っているのが見えた。もう夜にさしかかっている今では暗くてよく分からない。僅かな恐怖心を抱きつつも近づく。すると、それは見知った人物であることが分かった。今の今まで考えていた人だ。

「…静雄、さん?」

声をかけるとサングラスにバーテン服という、いつも通りのスタイルの自動喧嘩人形が、よう、と返答する。煙草を携帯灰皿に入れて静雄はこちらに向かってくる。帝人はなんだか静雄の雰囲気がいつもと違う気がして動けなかった。迫力はないのに、逃げるな、と静雄が言っている気がした。


「あの、よ」

珍しく途切れ途切れに静雄が言う。なんですか、と小さく尋ねると優しく肩を掴まれる。静雄は本当にいつもとは違っていた。こんなに優しく触れられたことなど、少ない。

「俺な」

「はい」

「お前のこと、好きだ」

「・・・・はあ…はっ?」


爆弾発言三番テーブル来ました!ジャンジャンバリバリ出しちゃってください!
頭の中でまるでパチンコ屋のような声が聞こえる。体よ動け、逃げろ、と胸中で叫んでみても脆弱な自分の体は動いてはくれない。すん、とした冷や汗が流れるだけ。


「・・あー・・その、俺もびっくりしたんだが。俺、お前のこと、すっげえ好きだ」


「…はあ…」



嘘じゃないんだ、と静雄は顔を赤らめて少し項垂れる。しゅんとした耳と尾が見えた。もちろんそれは幻覚だったけれど。帝人は混乱する。こういう時何を言えばいいんだっけか。やんわりと断りたい。助けを求めるように周りを見ても、誰もいない。自分の家に逃げようと思っても家までの階段を若干静雄が邪魔をしていた。



「その、お前はどうなんだ?」


そう聞かれると困るんだけどなあ。
帝人は考えた。この自動喧嘩人形を怒らせないよう、お引き取りを願う言葉を。しかしどんな言葉を言ってシミュレートしても、テスト時の静雄は相変わらず項垂れたままになっている。それに自分が彼に感じているのは、近いもので多分友情だった。そして今の気持ちを言うなら、項垂れる様子が怒られている犬のようでかわいい、である。


だから帝人は思わず頭を撫でてしまった。言葉じゃなくて態度で示せばいいじゃないか。
そう考えた。静雄は顔を上げる。 撫でられている。慰めとかは問題ない。ようは自分が帝人に撫でられている。それが重要。撫でているその手を取って大好きだ、と甘噛みしたいところだったが静雄は我慢する。我慢さえすれば、もっと撫でてくれるぬくもりがまだ己の頭の上にあるから。その温かさを感じて、静雄はずっと思ってたことを口に出す。


「ええと、」

「あー…やっぱ、返事はいい」

「なんですと」


予想外の言葉に帝人は困惑する。
作品名:大型犬と帝人 作家名:高良