「絶滅危惧種“コセイ”」
若い二人組の女性が入って来た。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
パリッとしたスーツを身に付けた、背の高い初老の男性が、お辞儀をしながら言う。
「はい。あのぉ~、本当に可能なんですか?」
「勿論でございます。但し、今すぐと言う訳には参りません。一つだけ注意事項がございますので……」
その姿勢のまま、紳士風の男性は少し顔を上げ二人を見ると、優しそうな笑顔を見せた。
ここは、最近巷で話題の店である。見た目はお世辞にも美しいとは言えない。蔦が壁全体を覆い尽くし、“和”と“洋”が入り混じる、不思議な雰囲気の建物である。
少し前、ある著名な女優が良く来店する事から、メディアで取り上げられ、それを機に、注目されるようになったのだ。
この女優はどの世代からも絶大な人気があり、美しく性格も良い。正に、非の打ちどころの無い女性だった。
しかし、この女優も初めから完璧だった訳では無い。そう。彼女は自身にただならぬ投資をしてきたのだ。
美しくなる為、常に磨きをかけて来たのだ。それに対する努力は、全く惜しまなかった。お金の掛け方もまた然りだった。
彼女は理想の自分を作る為、皆に好かれる自分を作る為、エステや、必要があれば整形も行った。そう、理想に近付く為。
その一環にこの店も入っていた。
そもそも、この店で磨ける物は何かと言うと、それは“性格”である。
いや、ここは磨くと言うより、“替える”と言う表現方法の方が正しいだろう。
そう。この店は驚くべき事に、自分の望む性格を、提供してくれるのである。自分の嫌な部分と引き換えに……
方法は企業秘密らしい。しかし、それでこの女優は、完璧な自分と、確固たる人気を手に入れたのだ。
最初は、それを聞きつけた、この女優に憧れるファンが来る程度だった。しかし、報道で火が付つと、瞬く間に世間に知れ渡った。
“女優○ ○ 御用達”
この威力は絶大だった。
それからと言うもの、女性たちが、次から次へと押し寄せるようになったのだ。
その中には、さほどその女優を知らないものの、世間に置いて行かれたく無い一心で通う者も居た。
いわゆる、“流行り”と言う物だ。
「すみません! あの女優の様な温厚な性格になりたいんです」
「私は、クラスのあの娘みたいな、積極的な性格が欲しいです」
このような女性が、連日通う様になった。そして、彼女達は、自分のコンプレックスとも言える性格と、望む性格を交換する事で、満足して帰って行くのだった。
しかし、人間とは欲深いもの。スグ現状に満足出来なくなる。そして、他の物がよく見えてしまう困った生き物である。
そう、次から次へと新しいモノが欲しくなるのだ。
「今度はこの性格を、あの人みたいな性格に……」
「私の消極的な性格を、あの人みたいに……」
皆この様に何度も通い、通い、通い、自分を“更新”する。
そして、自分が皆と同じだと思えたら安心する。大きな流れの中に居ないと不安になる。一人だけ違う事に恐怖を感じ、追い付こうと必死になる。
そうして皆生きているのだ。
先程店を訪れた女性たちも同様である。
そして、この女性たちが受付を済まそうとした時、一人の女性が走って店に入ってきた。
何とあの女優である。
彼女は、息切れが激しい。そして顔色も悪い。何か恐ろしい目にでも遭ったのだろうか。そのまま男性の元まで駆け寄ると、
「す……すみません! 私は誰なの? 本当の私って、どんななの? ねえ……お願いだから、元の私に戻して!」
女性は、初老の男性にしがみ付きながら、ガタガタ震えだした。まるで、“命乞いを”する者の様に。
そんな女性に対し、
「最初に申し上げたはずですが? 注意事項として、元の性格は二度と戻りませんと……」
男性は、女性の手を払いのけると続けた。
「ですからご自身を忘れられぬ様、来られる前に、以前のご自分を映像として“バックアップ”しておいて下さいと」
男性は冷たく言い放つと、顔だけを向け、先ほど受付を済ませた二人に問い掛けた。
「貴女がたはどうなさいますか? 真実を見極めず、只々流行に乗り、自分を無くされますか? それで構わなければ、思い通りにして差し上げましょう」
こう告げる男性の顔は、今までの表情とは明らかに違い、せせら笑っていた。まるで今までの客たちを思い出し、をさげすむかの様に。
作品名:「絶滅危惧種“コセイ”」 作家名:syo