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日比野ゆう
日比野ゆう
novelistID. 18903
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帰り道、あちこち

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帰り道、あちこち


「恋人になってみようじゃないか!」
そんな明るい言葉につられて、俺たちは恋人になった。

空は青い、夕焼け空は赤くて、夜は暗い。朝になったら、また綺麗な赤と紫になる。
そんなことを単純に楽しむような男だった。
ふらりと電車に飛び乗って、気の向くままにどこまでも行ってしまう。行ったはいいがどこにいるのか分からなくなって、帰り道すら忘れて、俺に助けを求めてくる。
授業中とか関係なく、突然鳴りだす俺の携帯電話。
何度怒られたことだろう。でも、電源を切ることはできなかった。
そのかすかな繋がりが、俺たちのすべてだったからだ。

性格とは正反対の、黒くてまっすぐな髪をした男の名前は、稔という。いつだって何かに夢中で、人の話を真剣に聞いていたかと思えば、突然どこかに走りだしたりする。
落ち着きがない、好奇心が強すぎる。
そんな稔に俺は憧れて、尊敬していた。もちろん、呆れていた部分も大きいけれど。
一人で生きていけないんじゃないか、というようなずぼらな部分が多くて、けれど逆に、だからこそどこでも、一人でも生きていけるの男なのだと思った。
俺には稔が必要だ。だってとても大切な、友達だったから。
そんな関係が壊れたのはあっという間で、稔が俺にあんな言葉を言ったからだ。
恋人になろう。
意味が掴めずにぽかんとした俺に、いつも通り稔は笑った。
何が変わるわけじゃない。ただ、お互いの関係の名前が変わるだけだよ、と。



ケータイが震えている。

今思えば、あの頃は若かったなと俺は笑った。
震えるケータイに表示された名前を見て、かすかに笑った。
社会人となった今なら分かる。自分がどれだけ幼くて、とっくに大人に見えた稔がどれだけ子どもであったか。
今でもこの関係を切れずにいるのは、ただの惰性なのか。
俺はケータイを掴むと、時計を見つめた。
5時40分。
終業時間を10分ほど過ぎている。締め切りの迫った仕事も今のところはない。少しばかり残した仕事があるが、明日でも大丈夫だろう。
余裕のある時期だからか、周りを見ると帰り支度を始めている人がちらほら見える。
俺は思い切ってパソコンの電源を落とすと、ケータイを掴んで立ちあがった。
「もしもし」
『よう、ハジメ。出るの遅かったじゃねえか』
こっちは仕事だ。心の中で愚痴りながら、今更なので声にはせず、ため息を落とす。
「お前こそ、仕事はどうしたんだ」
確か、稔はどこぞの出版社に拾われたと聞いている。デザイナーだかライターだか知らないが、小さな出版社で、なんでもできる稔は重宝されていると聞いた。
俺なんかよりよっぽど仕事のできる男。見た目だって悪くないし、やる気のなさそうな目や、就職してから伸ばし始めた無精髭さえ改めれば、彼女の一人や二人簡単にできるだろう。いや、二人はいらないと思うけど。
『あぁ、現場で解散だったからさ、直帰。の、つもりが……』
こうしていまだに、稔は電話をかけてくる。
学生の時と同じ。
自分がどこにいるのか分からなくなったから。帰りの運賃がなくなったから。一人で遠くまで来て、寂しくなったから。
そんなよく分からない理由で電話をくれる。
それ以外では、まったく音沙汰がないのに。
稔の仕事だって人づてに聞くまで教えてもらえなかった。なんだかはぐらかすだけで。
本当はもうとっくに、二人の関係は“恋人”ではないのかもしれない。約束して会うことはない。俺の方から連絡を取ることもまれだ。だってもし俺から連絡をして、拒絶されたらと思うと。
男同士で付き合うとか別れるとか。きっと稔は俺ほど深く考えていないのだろう。
体の関係があったわけではないし、それこそ遊びの延長線上。
延長線上にあって、稔はいつも通り自分の興味の向くまま、どこまでもどこまでも一人で進んでしまったのだろう。
一緒に迷子になってしまえば、俺は稔を迎えに行けないのに。

「せめて、駅名を言え。今日はどうした?金が足りなくなったのか。それとも、帰り道が分からなくなったのか?」
俺の言葉に、一瞬稔が息を飲んだ気配がした。
『帰る場所が、分からなくなったから』
軽い音で彩られたその言葉は、反対に深い意味を持って俺の胸に沈んだ。
いつだって稔が分からなくなるのは今いる場所で、それですらどこか迷子を楽しんでいる節があった。
その稔が。
『なぁ、ハジメ。俺を家まで連れて帰ってよ』
急にどうしたのだ。
何かあったのか。
どうして、どうして。
俺は、今のお前の家がどこにあるのかすら知らないのに!
「分かった。そこで、待ってろ」
声は震えて、それでもはっきりと言葉を紡いだ。
うん、と力強く稔が返す。
どこに迎えに行けばいいかなんて分からない。
けれどきっと、今日俺が迎えに行くことができなければ、この関係は本当に終わってしまうのだと感じた。
『いつまででも、待ってるから』
切れたケータイを握って、スーツの内ポケットに押し込む。
よし、と前を向くと会社を飛び出した。
この中途半端な関係がいいとは思えない。俺も稔も、本当はこんな関係を清算して自由になるべきなのかもしれない。
学生だった昔と違って、今はお互いにいい歳になってしまった。
結婚して、家庭を持って。
そんな願いは、もちろん俺にだってある。
その夢を捨てられる自信はない。すべてを捨てて、稔を選ぶことができるかどうかなんて俺にも分からない。
稔に対して抱いている感情が、本当に恋愛感情なのか。ただの惰性なのか友情なのか。それすら見当もつかないけれど。
でも今稔を見つけなければ、後悔する。

稔に会ったら、ふざけるなと怒ろう。いい加減に落ち着け、と怒鳴って、それから迎えにきたと笑おう。
肩を叩いて、学生の時見みたいにバカみたいに騒いで。
それから言うんだ。帰ろうって。
一緒の家に、帰ろう。
それを言えば、この関係が少しずつ変わっていくのだと俺は感じた。

いつも迎えに行くのは俺の役目だった。
迷うのは稔で、俺はいつだって地図を見て居場所をはっきりと掴んでいなければいけなかった。
でも今は、地図は必要ない。
二人で迷えば、きっと寂しくないから。
迷って迷って疲れたら、二人の家に帰ろう。

帰り道、あちこち探して。


end
作品名:帰り道、あちこち 作家名:日比野ゆう