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ななつのこ

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 ななかは今年、数えで七つになった。

 七の年はななか達にとって重要な年だ。
 農家の子も庄屋のところの子も、七つを迎えた子供は皆一様に、一人で天神様を詣でなければいけない。
 はつもうで、という言葉を村長様はななかに教えてくれた。
 それは昔から行われている、子供が天神様の愛し子から神の代理人へと進むための重要な儀式なのだそうだ。
 ななかにはよく分からないが、村長様はとても嬉しそうにななかを撫でて祝福してくださったから、きっといいことなのだと思う。村長様はいつもななか達のことを考えてくださっているお優しい方なのだもの。
 だから、行っておいでと背を押してくださったその先が暗くても、怖がってはいけない。真っ赤な鳥居に重圧感を感じても気後れしてはいけない。
 この道は天神様へと続く道。
 この夜は天神様がななかにお会いしてくださる日。
 案内役のお狐様も、今宵は特別にあつらえられた白い着物を着ている。
「おら達はねぇ、ほんに嬉しいよぅ、ななか」
 天気雨の降る中、ひらひらと裾を翻しながらお狐様がななかを振り向いた。薄暗い石畳の道筋で、時折見える赤い襦袢がひどく艶かしい。
「お前さまはそりゃあ病弱な子ぉだったからねぇ。どうかこの子を元気にしてやってくだせぇ。おら達は何度お天道様にお願いしただろう。そのお前さまがこうして無事に七つを迎えられたんだからねぇ」
 普段は歌うように軽やかなお狐様の声も、今は涙でくぐもり気味だ。
 ななかは、はい、とこうべを垂れた。
「ななかもよぉ覚えとります。村長様にもお狐様にも、いっぱい迷惑をかけました」
「馬鹿だねぇ。それは迷惑じゃないよぅ。だっておら達はななかのおとっつぁんとおっかさん代わりだもの」
「おとっつぁんとおっかさんって何です?」
 突如出てきた謎の単語にななかは首を傾げる。
 お狐様は、ああ、と納得の声を上げると柔らかく笑った。
「ななかはまだ知らなかったねぇ。おとっつぁんとおっかさんってのは、とてもとてもあったかいものだよぅ。一番愛してくれる人達のことだぁ。お前さまはまだ知らないけれど、お前さまにもちゃあんといるんだよ。おら達とも天神様とも違う、もっともっと、お前さまだけを愛してくれる人がねぇ」
 ななかには分からないものを語るお狐様の声は温かい。はあ、と曖昧に相槌を打ったななかを金の瞳で見つめたまま、お狐様は、そのうちわかるよぅ、と言葉を締めた。
 天神様の居城に着いたのはその数歩後だった。




「天神様、ななかが参りました。ななかもやっと七つになりました」
 教えられた挨拶の言葉を口にすれば、否応なしに緊張感が身を包む。
 立派な祭壇場、お狐様に代わってななかの前に立つのは天神様だ。姿かたちは霞がかっているものの、その存在感は圧倒的。気配だけがどこか優しい。
「よくきましたね、ななか。さあ、七つ年の証明をあげましょう。お前はこの白い花をおつけなさい」
 そう言って、天神様はななかに小さな花を飾ってくださった。ななかが身動きするのにあわせて、さわ、と風に揺れる白い花。
 立派になった自分の姿に、ななかは意識を高揚させる。嬉しい。自分は村長様達が望んでくださった通りに天神様の御使いとして合格したのだ。
 ななかが目を輝かせて天神様を見れば、天神様は穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。
「ええ、そうです、ななか。お前の思っている通りですよ。お前にはこれから私の名代として人間の村に降りてもらいます。そこでお前にしてもらうことは一つ。判別すること。そこで人間がまだ祝福されるべきものだと思ったら、お笑いなさい。それだけでよいですからね」
「しゅくふく、ですか?」
 天神様は終始変わらず微笑んでいたけれども、ななかにはその言葉がよくわからなくて、あのぅ、と申し訳なさげに声をあげた。
「祝福って、何でしょう。どういう時にするべきものなんでしょうか」
「しいて言うならば……心から嬉しくなったときに」
 言い切り型の言葉は、ななかにも分かりやすいようにか。嬉しいと思ったことはあれど、ななかはまだそんな気持ちになったことなどないのだが。
「今はまだ分からなくとも、そのときがきたら自然と分かります。お前が心から嬉しくなったときに感じる、相手を同じように嬉しくさせたいと思う気持ち。それが幸せということです。祝福とは、その幸せを祈る行為を示す言葉なのですよ」
 幸せ。またも出た新しい言葉をななかは噛み締める。嬉しいと、幸せ。分かったような分からないような不思議な関係だ。
 けれどもそれ以上質問することは、何か不敬にあたる気がして躊躇われた。分かると、他ならぬ天神様がいわれているのだから、きっと本当に自然と分かるのだろうし。
 そんなななかに気づいているのかいないのか、天神様はななかの前より一歩離れた。
「そろそろ時間のようですね。次に目覚めるときには、お前はもう人間の村にいますから、くれぐれもよく見て、
 …………あたしの代わりに、おとっつぁんとおっかさんを守ってあげてね」
 温かく真摯な願いの声とともに、天神様が童の姿に変わる。小さく振られるもみじの手。はにかむように笑ったその笑顔が、何故だか自分に似ているような気がした。
 けれどもそれが幻覚なのか何なのかは判断する時間はなかった。あれ、と言いかけた途端、ななかの意識は遠ざかっていって。
 おとっつぁんとおっかさん。
 奇しくも同じ日に同じ響きでお狐様と天神様から出た、この二つの言葉を強く刻んで、視界が途切れて真っ暗になったのだった。






 「ああ、母さん、ようやくななかの木に、天神様のご神木に、花が咲いたね」
 再びの意識の覚醒は、緩やかで、けれども唐突だった。
 ぼんやりとした心地でななかが足元の声へと意識を向ければ、そこにあるのはひょろりと不恰好に動く動物の影が二つ。
 『人間』だ。ななかは直感した。これがきっと『おとっつぁん』と『おっかさん』だ。
 「見えるかい? 言い伝え通りの白い花だよ。枯れそうになって心配したこともあったけれど、とても綺麗に咲いている」
 「ええ、ええ、お父さん。見えます。ちゃあんと見えますよ。あれから七年……早いような、随分経ったような、そんな気がしますけれど、ななかは天神様のもとへ行けたんですね。あの子はこれから生まれ変わって幸せになるんですねぇ」
 「ご神木がそう教えてくれているよ。さあ、ななかが次の生では長く生きて幸せになれるよう、私達はこれからもしっかりこの木の世話をしなければ」
 ななかの幹を撫でながらよかったねぇと繰り返し、天神様への感謝の言葉を交わして涙ぐむ『二人』の前で、ななかは安堵のような気持ちに包まれて木の葉を揺らして身震いした。
 ああ、お狐様のおっしゃった通りだ。なんてあったかいんだろう。これがおとっつぁんとおっかさん。『ななか』をとてもとても愛してくれている人達。
 傷だらけの二種の掌から伝わる心地に、体の芯がじんわりほっこりする。早春の風の冷たさも感じない。
 天神様、天神様の教えてくださった通りの気持ちになりました。アタシはアタシをとても嬉しい気持ちにしてくれたこの二人に、おんなじように嬉しくなって欲しいと思います。
作品名:ななつのこ 作家名:睦月真