一狐
山に雪が降れば、川の色が変わる。
川の色が変れば湖も変わり、そして空気も変わる。
万物、全てが持つ色が衣替えをする。
冬だからと透明になりそうなものだが、実のところ全てに色がつく。
緑であったり、青、黄色、そして桃色。
雪の町は、思っているより優しい色で出来ている。
薄い肌色に艶のある黒、結びが決まり山を降りた娘の吐息、そういう色で出来ている。
遠くの山の中に見える色は命の眠る色。
近くの足元に見える色は己の生命が広がる色。
11月に伊勢から帰って来た神様が一息ついて己に言う。
「今年も大したことはせんかったけれど、まぁ大したものじゃったわ」
神様の足元にくるまり、低く優しい命の声を聞く。
かくかくしかじかと、伊勢で決められた結びを聞きながら眠る幸せな季節。
遠くから、音がする。
今日も老婆はいつもと変らず、幾日も変らず、己の真横を大根の匂いをさせて通り神様に祈った。
今日も老婆はいつもと変らず、その長い石段を人生の中での大儀であるかのように下りて行った。
そして今日も神様はいつもと変らず、幾日も変らず、何時になっても叶えられない願いを言う、そう言って微笑む。
幾日も見つめてきた。老婆が小さかった頃から、今日まで。
「それも今日で終わりじゃ。最後の村人じゃからの、私が帰ってからでいいだろうと言ってきたんよ」
と神様が微笑む。
冬が際立つ片隅で、命が終わる季節。
終わらないと、叶えられない願いもある。
一生、独りきりだった魂に、伴侶を。
艶やかで黒く白い夜に。命の終わりの色を見届け狐は一つ、吠える。
魂を繋ぎ合わせるために、狐にとっては一瞬の様な80年を思い鳴き、冷たく青く白い空に目を細める。
美しい色から、美しい色が生まれる。
凛々とし、柔らかい無色。
神様が一つ終わったと降らせた雪は白く、猛々しく、燦々と小さい小さい村を覆った。
そういう色で、この町は出来ている。
「さて、どうしようかのう。あの人も天に送れたし、ここも後は打ち捨てられてボロボロになるだけかのう」
独り言のように神様が言う。
足元に寄り添い、まるまり、ゆっくりとした低く優しい声を聞いた。
「まぁ、ええか。色々不安じゃけど、おまえもおるしな」
遠くから、願いが聴こえる。
独りきりだった魂に、伴侶をと
老婆の願いが、柔らかく細く耳に届き、狐は目を細め笑った。