無性卵
「何、考えてるの?」
僕は首筋をべろりと舐めて、尋ねる。
ぎょろりと動く音がしそうな大きい目が僕を捕らえた。
「…お腹減ったなぁ、って。」
あまりに正直すぎる言葉に、ぽかんと口が開いたことに気付くのにも少し時間がかかった。
「なにそれヒドイ。随分余裕じゃん。どきどきして胸が一杯とかそういうの、」
「ない。」
「…花より団子だね。」
「団子かー…。」
「買って来いとか言わないでね。」
唇を尖らせる目の前の男に、早めに釘を刺して良かったと思った。
シーツに押し付けた手首を握りなおして、また舌を這わせる。
耳の後ろの髪に、ゆるりと指を絡めるのは彼の癖だ。こんなときばかりは彼の手つきも幾分か柔らかい。
「螳螂ってさー。」
「なに、今度は虫の話?」
ムードとかそういうものの欠片もなく、飄々とした彼は「虫じゃない。螳螂だよ。」と細かいことを気にした。
長い睫が影を落とした眼球は、どこかへ行ってしまったようだ。捉えきれないほど遠くを見ている。
「螳螂の雌って、交尾の最中に雄を食っちゃうんだって。」
「…卵を産むから?」
彼は頭を浮かせて、がぶりと僕の肩に噛み付いた。戯れだと解っていても、先の発言と被って、背筋が少し冷える。
僕の背が一瞬強張ったのに目敏く気付いた彼が、小さく息を吐いた。どうやら笑ったらしい。痕がくっきりついた肩から歯を外してからも、くつくつと喉を鳴らして笑い続けた。
「お前は夢が無いなぁ。」
かと思えば、「だからだめなんだー。」と、露骨に詰まらなさそうにそう言う。
「君にだけは言われたくないんだけど。」
むっとして文句を返せば、また笑うかと思っていた彼はふいと口を閉ざした。
「…お腹が空くから、だよ。」
「じゃあ、君も僕を食うの?」
「その時雄は、どんな気分なのかな。」
彼は質問をまるで無視して、独り言のように言った。
髪から離れた指をくるりと回す。それは僕を指した。
「は?」
「愛した雌に、己より愛すべき人がいるからって、ばりばりと腹を食い破られるキモチ。ってさ。」
いったいどんなかなぁ、と彼はうつろに呟いた。
「……僕なら嬉しいね。」
にやり、と出来るだけ不敵に笑った。
「どえむだねぇ。」
そう意地悪く笑んだ彼を、ちょっとした意趣返しのつもりで揺する。目の前の唇が戦慄いた。それから、何か言いたげに目が動く。
彼を見下ろして、僕は流れてくる汗を鬱陶しく思いながら、口角を吊り上げた。
「だから君も、いざとなったら僕を食べなよ」
「あぁ、そりゃ、いいや」
彼は僕の背中をがりがり引っ掻いて、少し苦しそうな顔をした。
「俺は卵なんか 産めないケド、ね」
卵の代わりに僕の血肉を腹に抱えて。
そしたら本当の最後の最後まで、きっと一緒だ。
だから僕たちを覚えている子は、イラナイね。