極域学園
保健室の中はしんとしている。オキゴンドウはベッドの間に立つつい立をどけるが、彼女が見慣れた保健医の姿はない。
「せんせー?」
オキゴンドウは首を傾げる。艶やかな黒髪が肩から滑り落ちた。黒いセーラー服の胸元には赤いスカーフ、膝上十センチのスカートと黒いハイソックスに白い上履きが映えている。腰まで届く真っすぐの髪が彼女の清楚な魅力を際立たせていた。
まだ授業中なのだから保健医が帰宅するなんて有りえないはずだ。そもそもまだ昼休みにもなっていないのだし。
「あ、マッコウ君……」
保健室からは校庭がよく見える。未だ授業中の男子達がグラウンドで走る中に隣のクラスで人気の一人を見つけ、つい目で追ってしまう。
「彼、ダイオウイカと死闘を繰り広げたって本当かなあ」
「ふぁあ、ふぉふぃふぁ」
突然の声に、オキゴンドウは跳び上がった。保健室の戸口には白衣を着た細身の女性が立っている。
「また?口から出してから話してよ」
「ふぁーふふぇー」
セミは細長いパンを咥えていた。パンの山を抱え、ポトポト落としながら椅子へ向かう。座ってからやっと口を空にした。
「歩きながら食べるのがうちの流儀なの」
「ふーん。食べていい?」
「全部はやめてよ」
オキゴンドウはセミの落とした焼きそばパンの包み紙を剥がす。窓に眼を向けるが、授業はチャイムより早く終わったらしい。男子は一人も校庭に残っていなかった。
「またシャっちゃんから逃げてきたの?クラスメイトとは仲良くしなさいよ」
「逃げたんじゃない。避けてるっていうの」
「あーはいはい。オキちゃんって性悪ぅー」
違う!否定するオキゴンドウの声をかき消す轟音の様な足音が保健室の前を駆け抜け、次いでドアが吹き飛ぶ勢いで二人の女子生徒が飛び込んでくる。
一人は黒眼に赤眼、下着が見えそうなスカートと膝上までのハイソックス。むっちりとした太ももと胸元が、オキゴンドウとは正反対の色香に満ちていた。
「やーっぱりここだと思った!観念なさい、オキゴンドウ!」
高らかに宣言したシャチの二歩後ろに、真白い髪をボブカットにしたスナメリが眉をハの字にして立っている。その眼は憐れむ色で満ちていた。
「ほら、オキちゃんご指名じゃない。美少女二人になんてモテモテねえ、やっるう」
セミのあからさまな棒読みは助ける気なんてひと欠片もない証拠だ。オキゴンドウは二年になる付き合いで察知した。面倒だから魔王に羊を差し出すつもりなのだ。
「しゃ、シャチ!ご飯くらいならここでもいいじゃない。ね、どう?」
「やめてよ、私まで食べられちゃうじゃない」
セミが焼きそばパンを咥える。オキゴンドウの背を押し、つられてシャチとスナメリを追い出す。
「せんせ!セ、このーっ!」
オキゴンドウは鍵の掛かったドアを叩いたが開く気配はなく、意気揚々としたシャチに引きずられていった。