蜘蛛
ごくんとのどを鳴らして、わたしはそれを飲み下した。
外を眺めながら食事をする。
窓の外は美しい湖と緑の山々が広がっている絶景だ。たとえひとりぼっちでもその景色がごちそうになる。
「ごちそうさま」
わたしは満足して、揺り椅子に身をゆだねる。
目をやると、一匹の蜘蛛がいる。
その蜘蛛が目の前の木の枝に巣を作っていたのはいつからだったか。
小さかったその体もいつの間にか大きくなっていて、それにつれて巣も大きくなっていった。
「あなた。きれいね」
わたしはいつのころか、その蜘蛛に話しかけるようになった。
長い足は黒と黄色の縞模様、黒い頭、体の内側は紅色をしている。
見れば見るほど美しい蜘蛛だった。
それからまたわたしは糸をとり、レース編みに夢中になる。
蜘蛛が巣を大きくするのとまるで競争するように、わたしもレースを編む。
「奥様。また食べていらっしゃらないわ」
「大丈夫なんでしょうか」
食器を下げていった召使いたちがささやいている。でも、わたしは聞こえないふりをして、レースを編み続ける。
「でも、血色はいいわ」
「そうね。歩けないだけで。それ以外はなんでもご自分でやってらっしゃるし」
そうよ。大丈夫。ちゃんと食べているわ。
蜘蛛と友達になったから。
夫にも息子にも先立たれ、莫大な財産だけが残った。けれど、ひとりぼっちで寂しかった。
広すぎる屋敷を引き払い、この小さな別荘にこもって、もう何年になるか……。
いつしか、蜘蛛と意志が通じるようになった。だから寂しくない。
飛んできた蝶を蜘蛛の巣が捕らえた。
──ああ、またかかった。
今度は蝶ね。 大きなあげは蝶。
蝶はもがいている。ゆっくりと蜘蛛は近づいていく。長い足が蝶の体をとらえた。
その様子を見て、わたしはぞくぞくした。
──あんまり食べるところがないですって?
そうね。羽は大きくて立派だけど……。
おやつにはちょうどいいわ。
ゆっくり食べましょう。
「奥様。お茶を──きゃあ!」
お茶を運んできた召使いが盆を落とした。
割れた食器の音と、銀の盆の音が部屋中に響き──
わたしの口元から、蝶の羽がひらりと落ちた。