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lost

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 生きることに飽きた。
 連日のデスクワークで肩が凝って仕方ない。最近はその延長か背中まで痛むようになった。人生を背負っているなどと大層なことを思わないでもないが、そんなことを少しでも考えた自分に苦笑する。
 人生を、物質化したらこんな重さと痛みを伴うのか。ばかばかしい。ただの過労だ。これも外国人のビジネスパートナーには「日本人はおかしい」と何度も指摘されていることではあるが……もう、どうしようもないのだ。

 ある夜、痛んでいた肩甲骨のあたりがめきりと音を立てて軋んだ。ここまでくると重症だ。明日は仕事を早く切り上げて整骨院にでも行こう。
 そうこうしているうちに、羽が、生えた。めきめきと耳を覆いたくなるような音を立ててはいたが、特段酷く痛む訳でもなく一滴の血も流れなかった。何となく羽ばたかせてみると、持ち帰りの書類がばさばさと吹き飛ばされた。
 ――人間をやめることには成功したようだ。
 肩と背中の凝りが消えてせいせいした。……思ったより羽が重いけれど、それはあくまで質量の問題で、今までのそれとは違う。
 もう何も背負うことはないのだと思うと、自然に笑みが浮かぶ。これが天使のものだろうがそうでなかろうが、今の自分にはどうでもよかった。空を飛びたいというファンタジックな願望もない。
 ただ、今までにない解放感だけが肩に宿っている。この肩凝りから解放されただけでも、素晴らしい。
作品名:lost 作家名:紅染響