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冬の花火

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 ほどなく会話が途切れ、彼女が別れの挨拶のように告げた。

「ねえ、花火しようか?」

 挑むように真っすぐな視線からさりげなく目を逸らす。
「今の時期じゃ売ってないだろ」
「夏のが残っているはずよ」
 そう言って四つん這いになった彼女が小さな部屋の押し入れを無遠慮に開ける。
 ジーパンに包まれた長い脚を避けながら、僕はその様子を黙って見ていた。
 
「ほら、あった」
 埃を手で払いながら彼女が見せつけてきたのは確かに花火セットだった。
 夏にふたつ買っていたのを思い出す。ひとつは買ってすぐに僕と彼女と雄司の三人で遊んだ。かなり盛り上がったから残りも使ってしまおうと思ったけど、次の機会のためにとっておこうということになったんだ。あの時は、来週にでもまた遊ぶつもりだったと思う。
 もうずっと遠い昔の出来事のようで、すっかり忘れてしまっていた。
「湿気っているんじゃないか?」
「やってみなければ分からないでしょ?」
 あの頃のような笑みを浮かべた彼女が僕を見つめる。答えはもう決まっていた。
 湿気っていたとしても天日干しでもすればまた使えるようになる可能性はある。でも、もう今日しかないんだ。今夜使えなければ、どうせ捨てるだけだ。
 僕らは上着を羽織り、使えるか分からない花火セットと百円ライターと小さなバケツを持って冬空の下に出た。

 近くの公園に辿り着くまでの間、ずっと彼女は夜の空を眺めていた。
「冬の夜空の方が澄んでいて、花火が映えるんだよね」
 歌うようにそう告げる。
「でも、花火って言えば、やっぱり夏だろ?」
「冬だって花火大会やってるトコあるじゃない」
「大会はやっていても、こんなオモチャ花火で遊ぶヤツは少ないよ」
「火傷するほど熱いものなのにね」
 先を歩く彼女はなぜか笑っていて、その肩が小さく揺れていた。

 夜の公園には僕ら以外の誰もいない。備え付けの水道で少し水を入れたバケツをベンチの側に置いて花火セットの袋を開ける。
 一本取り出してライターの火を近づけるが、花火は死んでしまったかのように無反応だった。何度か試してライターが熱くて持てなくなった時、僕は苛立ちと諦めが混じった溜息をついた。
「花火はね、数年くらい熟成させた方が綺麗なんだって」
 僕の手元を覗き込んでいた彼女が軽い口調で告げる。
「でも、湿気っていたら意味がない」
「貸してみて」
 彼女がライターの火を点けると、花火は自分の役割を思い出したかのようにパチパチと音を立てながら色鮮やかな光と熱を放つ。一瞬だけ、まるで魔法を見ているような気持ちになった。
 急いで新しい花火を袋から取り出して近づける。その輝きが尽きるまでの時間があまりにも短いことを知っていたから。

 それから僕らは次々と花火を消費していった。
 両手に持った花火を彼女が子供のように振り回している。それがあまりにも楽しそうで、知らぬ間に僕も笑っていた。
 さすがにあの時のように走り回ったりはしなかったけど、本当に泣きたいほど楽しかったんだ。

 気がつくと、袋の中には線香花火しか残っていなかった。
 僕と彼女は身を寄せ合うようにしゃがみ込んで、小さく震える火の玉からチリチリと火花が飛び散るのを静かに眺める。
 やがてそれは勢いを失っていき、儚く消えていく。
 
 二人とも無言でそんなことを繰り返して、最後のひとつとなった。
 僕がそれを渡そうとすると、彼女は笑顔で首を振ってゆっくりと立ち上がる。
「楽しかったね」
「ああ、そうだな」 
 最後の瞬きを眺めながら僕が静かに答える。

「ありがとう」

 そんな言葉が後ろから聞こえたのは、オレンジ色の火玉がポトリと落ちた時だった。

 僕は何も答えられずに背中を丸めたまま暗闇に視線を漂わせていた。
「おめでとう」とか、「幸せに」とか、そんな台詞は空しく消えていった。
 ましてや引き留める言葉など思い浮かびもしなかった。


 振り返って、彼女の姿がもう無いことを確認した後、頼りない紐だけになったそれをバケツの中に捨てる。
 燃え尽きた残骸を見つめながら冬の冷たさを思い出し、やはり花火は夏にするものだなと思った。
作品名:冬の花火 作家名:大橋零人