喧嘩と魔法の呪文
「くようー!!」
泣きながら寄ってくるのは、まだ5歳の流火(ともか)だ。
結っていたはずの鮮やかな赤い髪は、なぜかぐしゃぐしゃで、さっきまで元気そうに笑っていたはずの顔も涙でぐしゃぐしゃである。
足にさばりつく流火はしゃくりあげながら、九曜に訴えた。
「だいちが、大地がぁ!!」
「大地?またおもちゃの取り合いでもしたのか?」
大地と流火は非常に仲が悪く、おもちゃやお菓子の取り合い、遊び場所の取り合いは日常茶飯事である。
子どもの喧嘩だと片づけてしまえればよかったのだが、大地のほうはすでに能力に目覚めているため、一方的に流火が負けるし時々怪我を負ってしまうこともあった。
こうやってぼろぼろになる前に、今は勝てないのだとわかっているのだから突っかかるのをやめればいいのに、流火は負けず嫌いで最後まで喧嘩をしてぼろぼろになる。
九曜は溜息をついて流火の顔に付いている土を拭った。
「流火、今は大地のほうが能力が高いんだからお前は勝てないよ。だから怪我する前に喧嘩はやめなさい」
「いや!やだ!!だっていっつも大地がおもちゃ持っていくんだもん!」
「怪我したら痛いだろ」
そうは言いつつも、やはり喧嘩ですべてを持って行ってしまう大地にも問題がある。
これは保護者に訴えとかなくちゃなぁ、と心に刻み込みながら九曜は流火の頭を撫でた。
流火の涙はすでに止まっているが、どうやら怒りが収まらないらしく、ぶつくさと文句をこぼす。
「大地は能力ばっかりに頼るからバカなのよ!私に口で勝てないんだもん。いっつもは私勝ってたもん」
「否定はしないけど、結局能力を使われたら流火は負けてしまうだろ?」
「………」
押し黙った流火が九曜を恨めしげな顔で見上げる。
「流火の能力、いつになったら使えるの?」
「…それはまだわからないよ。それに、使えるようになっても発動できるだけだから、調節できるようになるまでは使ったら駄目」
九曜の言葉に流火は頬を膨らませ、不貞腐れる。
流火の能力は“炎”。ゆえに扱いを間違えれば死者を出してしまうし、下手に喧嘩に使えば相手は真っ黒、という可能性も十分にあるのだ。
炎は人類に偉大な恩恵をもたらしたが、同時に災害も巻き起こしたのだ。
だからこそ、その能力を持つ流火は、能力を完全に自分のものにできるようになるまでは使わせるわけにはいかない。
「大地に注意するように言っておくから。ほら」
離れるように促しても流火はぎゅう、と九曜の足にさばりついたままだ。
九曜は仕方なく、とっておきの呪文を口にする。
「今日はあのオムライス作ってあげる」
「ほんと!?」
「本当。約束するから、な?」
ほら、といえば至極あっさりと流火は九曜から離れた。
一気に流火の機嫌がよくなったのを見ながら、九曜は苦笑する。
流火はどんなに機嫌が悪くても、「オムライスを作ってあげる」、そのたった一言で機嫌を直す。
こういうところがひどく単純だと感じていた。
(その単純さがいいんだろうけどな)
「じゃあ、流火は華ちゃんのところに戻るね!」
「ああ。くれぐれも喧嘩しないように」
「大地が喧嘩売ってこなければしないよ!」
踵を返し、長い廊下を駆けて戻る流火の背を見送りながら、九曜は微笑む。
今日の夜の仕事は副班長に押しつけてやろうと考えながら。