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上田トモヨシ
上田トモヨシ
novelistID. 18525
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日常の墓標

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真夏だ。太陽は暑さでだらけきったサラリーマン諸君を嘲笑うかのように勤勉実直な働き者だし、蝉なんて断末魔よろしく悲鳴じみた鳴き声で無料リサイタル開催中だ。
夏でも冬でも、台風だろうが雪崩が起ころうが、惰性の如くサラリーマンな俺は、外回りの空き時間を利用して手近な神社で休憩を取ろうと考えた。
しまった、だとか、止めときゃよかった、なんて台詞は、事が起こってしまってから有効になるのであって、この場合はどちらも有効だ。
そこには既に先客がいて、何を隠そう、俺の幼稚園からの腐れ縁であり現在絶賛プー太郎中の幼馴染がそこにいた。左手を挙げて「よう」なんて言うもんだから、俺もつい「おう」なんて返事をして、しまったと気づいた時には遅かった。
二言目には妄言、一歩脚を踏み出せば奇態を常態としている俺の幼馴染は、どんなに夏が夏だろうが暑かろうが俺が干乾びそうになっていようが、自信満々で通常運行だった。

「僕より価値のあるものなんて、この世に存在することすらおこがましいよね」

アイツは真顔でそう言って、咥えていたアイスの棒をカクカクと揺らした。
真夏が真っ盛りで真っ直中だから、アイツが馬鹿まっしぐらな台詞を真顔で吐き捨てるのも仕方のないことかもしれない、なんてことを考えるほど俺の頭は残念でもなければ、可哀想でもない。

「ああそう。で、そんなに高級だと勘違い甚だしいオマエは、平日の神社の境内で本体の消失したアイス棒を咥えて何してんだ」

懇切丁寧にアイツの主張をスルーして、締めていたネクタイに人差し指を引っ掛ける。そうして緩んだネクタイに合わせて、押し込められていた息を吐いた。
窮屈を具象化したかのようなビジネススーツは、戦う男の戦闘服と言うより、最早“ビジネス用拘束着”だとか“着脱型拷問具”に改名すべきだと常々思うわけだ。
決して目の前にいるアイツがタンクトップにハーフパンツにビーサンなんて言う、夏を思う存分満喫している格好をしていて、それが羨ましかったわけではない。断じてない。

「どうしたら、世界一夏らしい夏を体験出来るか。その自伝を出版して印税で左団扇生活を送って、老後はのんびり過ごせるかを考えてた」

アイツが喋る度に、咥えているアイス棒がカクカク揺れる。カクカク。
もう頭が残念とか可哀想とか、そう言う次元じゃない。むしろこんな馬鹿の馬鹿話を馬鹿のように聞くしか出来ない俺自身が馬鹿馬鹿しくて馬鹿になりそうだ。

「……無理だから止めとけ」

その一言を探し出すのにたっぷり三秒を浪費して、俺は境内の中をぐるりと見回した。折角の空き時間なのだ。少しでも休んでおかないとこの暑さにやられてしまう。
狭くもないが広くもない境内の中で涼める場所はないかと視線を動かす。非常に腹立たしいことこの上ないが、アイツが両脚を投げ出している日陰が一番快適そうだったので、嫌がらせのためにビジネスバッグを投げてやった。

「ちょっと、僕の場所なんだけど」

「オマエん家じゃねえだろ」

「て言うか暑苦しいから。他のとこ行けよ。例えばあそこ」

言いながら、アイツが指差したのは植え込みの根元に出来ている日陰だ。日陰と呼ぶのも忍びないようなスペースしかないその場所は、例え犬や猫だって有効利用できるはずがない。

「…オマエは俺を天日干しにして楽しいのか?干乾びそうな俺を見てオマエは何も思わないのか?」

「干し大根くらい美味いなら食ってやらないこともないよ。ミミズの干物みたいになってたら踏んづけて粉々にしてあげるし。うわ、僕ってばちょう優しい!」

「…よし、分かった。謝れ。今すぐ干し大根と大地の味方のミミズ様と俺に向かって、生まれてきてゴメンナサイと謝罪しろ」

隣りにあったアイツの頭を鷲掴みにして、有無を言わせず地面に引き倒してやった。
ゴツンと言う鈍い音がしたように聞こえたが、これはアイツの自業自得であって俺は悪くない。

「ちょっ、痛い地味に痛い耳元で砂利がジャリジャリ言ってるしイタイって!」

無意味な会話の勝敗は、アイツを強制土下座に持ち込んだ俺の完勝だ。ちっとも嬉しくないし、誰かを傅かせて悦ぶ趣味は今のところ持ち合わせちゃいない。
急に全部が馬鹿らしくなって、溜め息と一緒に丸い後頭部を掴んでいた手を離した。バネ仕掛けの人形よろしく、飛び起きたアイツは叫ぶ。

「大地との融合を果たした今の僕に不可能はない!」

もう返事をする気すら起きなかった。大地との融合どころか、砂利で擦れて赤くなったアイツの頬にへばりついているのは、どう見ても砂粒や草きれだし、何ならそのまま土に還ってくれても構わなかった。アイツがさっきまで咥えていたアイス棒を墓標にすれば完璧だ。
アイスの棒っきれで完結する人生。最高じゃないか。無意味に呼吸と言葉と時間を重ねて、無意味と言う意味すら見出せずに朽ち果てる俺たちに相応しい結末だと思ったので、俺は口の端を吊り上げて笑っていた。

「あ、笑いやがったな?天地神明の力を思い知るがいい!」

そんなわけの分からんことを吐かすアイツの拳を躱しながら、地面に放り出されたハズレのアイス棒を見て声を上げて笑った。









(日常と言う、虚構と欺瞞と怠惰の上に打ち立てられる俺たちの墓標。)








作品名:日常の墓標 作家名:上田トモヨシ