ARIA
明かりの無いこの廊下、窓から漏れる月明かりだけが頼りなのではっきりとはわからない。
だんだんと鮮明になってくるその人物は、黒いロングコートを羽織っていた。
そして鋭いアリアの鼻が、ぴくんと何かを感じ取る。
血の匂い。
「あッ、星羅!」
お、例の人物か。
珍しい名前からか興味を持って、アリアはその人物をじっと見つめる。
アリアの想像とはだいぶ違った。
星羅は、男だった。
歳はアリアと同い年か少し年上くらい。
漆黒のストレートの髪は邪魔にならない程度に短く整えられ、高い鼻に大きな瞳、その他の整ったパーツから彼は随分な美形である事が一目瞭然だった。
だがせっかくのその大きな瞳からは、尋常じゃない程の冷徹な視線を感じる。
アリアは彼のまとうオーラからはっきりと、実力のある戦士なのだと感じた。
「任務帰りか?」
「ああ」
感情のこもっていない、冷たい声。
血の匂いは、任務で戦ったからなのだろうか。
「怪我してるのか?」
アルドの心配そうな声にふと目をやったが、星羅のどこにも怪我らしきものは見当たらない。
おそらくコートで隠れているのだろうが、何故かアルドは見抜いたようだ。
「・・・・まあ、でもかすり傷程度だし問題ない」
「一応消毒しておきなよ。医療班とこ行って」
「いいよ。面倒臭い」
鬱陶しそうに星羅はアルドの手を振り払う。
アルドは心配そうに、通り過ぎる星羅を見つめていた。
「あっ、そうだ星羅!」
まだ何かあるのか、と言いたげな顔で、星羅は迷惑そうに振り向いた。
星羅はその際にちら、とアリアを一瞥したが何も言わない。
「今日、昼に食堂で会ったとき頼んだ事覚えてるか?」
「あー・・・・・・・・何だっけ」
「新入りを案内してやってくれってやつ」
「ああ・・・・・・」
「詳しい事は明日でいいから、とりあえず自室にだけでも案内してやってくれないか?」
「・・・・・・・誰を」
誰を、と聞きながらも星羅はアリアに目をやった。
星羅と目が合う。
どうやらアリアは彼に品定めされているらしく、星羅はアリアを頭の先からつま先までなめるように見る。
そうしてものの数秒で品定めは終わったらしい。
彼は一言、アリアにではなくアルドに告げた。
「嫌だ」
「こら、星羅!」
ピクン、とアリアの眉が引きつる。
だが無表情のまま、アリアは彼を見つめる。
同じく無表情である彼は、もうこちらに目をやらない。
「眠い。俺は今すぐ帰って寝る」
「そのついででいいからさ。君の自室の隣だから」
アリアと星羅は顔をしかめ、同時にアルドに目をやった。
まじかよ。
互いにそう思ったのは誰の目にも明らかだった。
星羅はアルドが否定しないので、大きくため息をついてアリアを見る。
アリアはため息こそしないが、星羅と同じような陰鬱そうな顔をして星羅を見つめる。
また、目が合う。
自分と同じ、漆黒の髪に月光が反射する。
「・・・・・・仲良く、してやって?」
こちらの様子を窺うようなアルドのその言葉は、おそらく二人共に向けられた言葉だろう。
だが、そのどちらもその言葉に対する返答は同じ。
無理。
野性的本能、勘とでも言うのだろうか。
こいつとは、合わない。
アリアは彼を睨みつけた。
そしてまた彼もアリアを睨みつける。
美しい月光が、険悪な二人を照らしていた。