染み
目の前の人間が本当に自分と血が繋がった人間なのか、あるいは自分と同じ性別の人間なのか、もしくは同じ人間という生物であるのかさえ。
…そのくらい、一子にとってそれは想像し難い発言だった。
そんな理解不能な発言をした女は目の前で呑気に珈琲を飲んでいた。
私たちは確かに気があったはずだった。
紅茶よりも珈琲が好きで、晴れの図書館より雨の図書館が好きで、広い部屋より狭い部屋が好きな仲のよい姉妹。
…と一子は考えていた。
おそらく世の中のほぼ全ての人間が妹の房子に味方するだろうことは一子も知っていた。
浮気なんてごく「当たり前」で、「きままな」ものだと。
房子は白く柔らかな膝をきちんと揃え甘い目付きで天井を見た。
そこには小さな血の様な染みがあった。
「私を非常識だと思う?」
房子が唐突に、でも自然に尋ねた。
一子は上手く答えられなかった。
一子は誰かと愛し合ったことがなかった。
けれど、だからこそ愛は絶対だと信じていた。
なにより、姉としてのプライドがそうさせていた。
がっちりと引き締めたベルトの様に。
房子は黙りこんだ一子を気にもしていないようだった。
房子は一子が上手く答えられないであろうことは初めからわかっていた。
わかっていて、あえてした問いだった。…つまりそれは、本当の問いではなかった。
「あんなに尽した人間を簡単に裏切った私は最低だと思う?無様だと思う?頼もしいと思う?」
それでも房子は一子に質問を続けた。
房子は一子になりたかった。
だから、その答えを待った。
「愛を知らないもの。」
一子は手短に答えた。
房子はやっと満足した。
それが全てだと思った。
今ここで一子にキスしてもいいと思った。
…本気で。
一子はすっかり冷めた珈琲をすすった。
それから天井を見上げた。
そこには小さな染みがあった。
それは、まるで血の様だと一子は思った。