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格言

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馴染みのパチンコ店の一角、今日も友人と二人でパチンコを打っている。
 今日こそは、と思って来たのに現実はそんなに甘くはなかった。
 現時点でパチンコに費やした金額はざっと見積もって六万をゆうに超えていた。
 男は適当な職が見つからず現在フリーターをしているので、手取りの収入は十万程度だった。それなのに、非情にも六万円分の玉はパチンコ台に飲まれるようにして消えていった。
「クソッ! 多少ながらも楽な暮らしをと思い足を運んだというのに……。このままじゃ今月の生活すら危ういじゃないか。どうしてくれるんだ、え? これぞまさに危急存亡の秋!」
 男は苦々しい顔つきで言い放つ。友人はそんな男を横目で見て苦笑いを浮かべた。
「苦肉の策だな。なんでもいいから職に就いて真面目に稼いだらどうだ? こんな所で一攫千金を狙うよりも確実だと思うぞ。昔の偉人が『人生は勤むるに在り』と言っていたろう」
 友人は男に優しく言い聞かせるふうに言った。しかし、男はさも自信ありげに笑う。
「稼ぐ方法は一つにあらず! ここで一攫千金を掴もうと努力するも真面目に働くも、目指すべき目的は同じだ。英国詩人のチョーサが『総ての道はローマに通ず』と言っていたろう」
「いや、絶対にそういう意味で言ったんじゃないだろう、おまえ。そんな使い方をされたらチョーサも浮かばれないぞ」
「なら、『機を見てせざるは勇なきなり』ってやつだ」
「それをいうなら『義を見てせざるは勇なきなり』だろ。おまえ、なに自分の都合のいいように作り変えてるんだよ。しかも、機って……今のおまえのどこに機とやらがあるんだ?」
 男は視線だけを友人に向け溜息をひとつ漏らすと愁いを帯びた微笑を浮かべた。
「……チャンスとは己で掴み取るものだ」
「見えてねえじゃねーか! 戯言も大概にしろよ」
「戯言じゃない! オレはいつだって本気だ。本気と書いてマジだ。まあ見てろって、絶対にくるぞ!」
 諌めようと試みたところで、どうやら男には聞き入れる気がないようだ。
 聞かない者ほど聞こえない者はいない、というやつか。
「……もういい。勝手にしろ」
 友人は呆れたように肩を竦めた。この男の自信はどこからきているのか、友人には理解しがたかった。確証のない自信を人は驕りというのだ。
「迷う者は路を問わず、溺るる者は遂を問わず、と昔誰かが言っていたな」
 友人は溜め息を軽く吐き男を見やった。男は真面目な顔つきでパチンコ台と睨み合っている。
(この情熱をもってすれば、どんな仕事でもこなせる気がするんだがなあ)
 友人は辟易したように台の上に置いてあるタバコに手を伸ばした。銀紙を剥いてタバコを一本取り出し、口にくわえる。売店で買った百円ライターでタバコに火を点け、煙を胸いっぱいに吸い込んだ。煙を吐きながら男の台を見れば、玉は数える程しか残っていなかった。
 男は片手でポケットを弄り、黙って友人に財布を差し出した。友人はそれを受け取って、今度は盛大に溜息をついた。
「なあ、そろそろ行かね? 本当に洒落になってないぞ」
「黙らっしゃいっ! 大丈夫だって、今なら出る気がするんだよ。『千聞は一見に如かず』、黙ってみてろ」
「ほざけ。使い方が間違ってるんだよ」
 友人が男の頭を思い切り叩いたその時、今まで沈黙を決め込んでいた男の台がけたたましく鳴り、大量の玉を吐き出し始めた。みるみるうちに男の台は玉で埋め尽くされていく。
「叩けよ、さらば開かれん! 求めよ、さらば与えられん!! 神はその人が耐えることのできない試練を与えないものだ」
 男は威勢良く立ち上がると拳を高らかに掲げてみせた。まさに、下手な鉄砲も数うちゃ当る、だ。
「今度は新約聖書かよ。天罰が下るぞ。それにしても、まさか本当にアテるとは思わなんだ……」
 友人は足元に置いてあるカバンを手に取って立ち上がった。隣で馬鹿みたいに狂喜乱舞している男を冷ややかに見つめる。
「さて、当たったことだし、そろそろおいとましよう」
「世迷言を……。『一寸の光陰、軽んずべからず』と言うだろう」
 男は友人の言葉を軽く流し、再び腰を据えた。
 友人はそんな男を一見すると、今度は深く溜め息をついたのだった。




 ――それから数分後、男はものの見事にすってしまい、所持金の全てが水の泡と消えることになる。
 昔の偉人はこう言った。

『剣を取る者は、剣にて滅ぶ』

作品名:格言 作家名:智生梨月