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優等生と渋谷君。

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「よ、」

突然、後ろから声をかけられたから僕に言っていたなんて思うわけなどなく彼が四度目に僕を呼んだ時、僕はようやく振り向いた。
彼は不満そうな顔をして「気付くの遅すぎだって」と言った。
僕は何も言わなかった。声で区別できるほど、彼のことなど知らないのだ。

「まぁ、そんなこと別にどうでもいいや。」

彼は気を取り直して僕の方を見た。
何故かすごく楽しそうな顔をしていた。
嫌な予感がする。
僕とこの男…渋谷はそれほど仲がいいという訳じゃなく、同じクラスではあったが僕から彼に話しかけたことなんて一度もない。
暇している渋谷が一方的に話しかけてきてそれで終わりということが常なのだ。
そんな渋谷が僕を呼び止めてまで声をかけるということは何か大切な用件か…すごく暇なのだろう。
僕はこれから塾だし、こんな道端で会話するほど暇じゃないので何とか帰ろうと渋谷のことは見なかったことにして、また歩き出そうとした。
が「待て、」と渋谷が大声を出す。
僕は驚いて瞬間的に身体が止まる。

「俺はお前の救世主になってやろうって言ってんだ、」

渋谷は僕の背中にそう言った。
呆れた。
今まで色々話してみて…正確には話を聞いていただけだが、格好は派手で遊んでそうだけど案外頭のいい奴なのかもなんて思っていたのに。
これじゃあ、ただの馬鹿じゃないか。
僕は何も言わずに歩き出そうとすると彼は話を続けた。
「塾なんて行ってる場合なのか、優等生?お前だって聞いてただろ、今日のホームルームで亀井が言ってた話だ。」
僕は歩くのを止めた。
亀井とは僕らの担任である。
僕は振り返った。
「俺がお前と組んでやるって言ってるんだ、」
「…僕と?」
渋谷は楽しそうに頷いた。
「でも…」
僕は躊躇った。
組むというのはグループということだ。
今日のホームルームが終わる直前、亀井は言ったのだ。
「明日から理科のグループ学習を始める。テーマは各自で決めていい。後で発表するからきちんとまとめること。成績にも関わるからな。」
それを告げ亀井は教室から出て行くと当然、クラス中が大騒ぎになった。
それだけのことだったが僕は多いに悩んだ。
僕はテストは得意だが、そういう他人と関わらなくてはいけないグループ学習は苦手、いや嫌いなのだ。
しかも成績に関わるなんて…どうしても行きたい学校があるので下手な発表は出来ない。

「でも、なんだ?お前はどうせ、俺じゃ頼りないって思ってるんだろう?」
渋谷は言った。
その通りだ。
渋谷と組んだっていい成績がとれるとは思えない。
渋谷は笑った。
「これを見ろよ、」
渋谷は僕に一冊のノートを掲げた。
渋谷のものと思われる几帳面な字で”天体観測"と書かれていた。
「俺は天体について人一倍興味があるんだ。はっきり言ってマニアだマニア!!」
なぜかすごく嬉しそうに渋谷は言った。

僕はそのノートを取って中を見ようとしたが、渋谷は慌てて引っ込めた。
「さぁ、どうするんだ?」
渋谷がやっぱり楽しそうに僕に聞いた。
「どうするって…」

そんなこと初めから決まっている。

僕は渋谷に「やる」と小さな声で言った。
渋谷は笑って「おう」と言った。


僕は何も言わずに歩き始める。

「…おい、どこ行くんだよ?」
渋谷は僕に言った。僕は「塾」とだけ言って歩く速度を速める。
無駄な話は一秒もするつもりはない。
後ろからいつもの「つまんねーやつ」という渋谷の声が聞こえてくる。
言葉はよくないが笑っているようだ。


グループ学習が苦手なのは僕にまったく協調性がないからだ。
そもそも生きていくのに協調性なんて必要ないと僕は思っている。
だけど、僕が学生である以上、この壁に何度もぶち当たる。
なぜ一人でできることを、わざわざ人と組んで一緒にやらなければならないのだろう。
そうは思っていても多分、明日になって組む人がいなくて困るのは僕だ。
もしかしたら渋谷はそれを知って僕と組むなどと言ったのかもしれない。
でもお礼なんて言わない。
救世主だって?
ばかばかしい。

渋谷だって結局、組む相手がいないのだ。

どっちにしろ、その他大勢から見た僕ら”カワリモノ"は異分子でしかない。
そのことを理解したうえで僕も、そして多分渋谷もあの教室にいる。


後ろから渋谷が追ってくる気配がないことが分かると、僕はなんとなく少しだけ笑った。




(完)



作品名:優等生と渋谷君。 作家名:吉澤。