奉納ラプンツェル
するすると垂らされた人間の髪は息を飲むほど美しい金色をしていた。しっかりと編みこまれたそれは、一瞬絹か何かでできた縄なんじゃないかと見まがう。
けれど手のひらに伝わる感触は間違いなく人間のそれで、つまりそれは人間の髪をこうして縄として使おうと考えた者がいるということで、考えてみれば恐ろしいことなのかもしれない。
けれどすっかりそれにも慣れてしまった。
村で、三百年に一度、森の奥のこの塔に奉納される娘。
そうすることで村の作物がよく実り続けるのだという。
ラプンツェルというのは、最初にこの魔女の塔に閉じ込められたという少女の名だ。その少女はある日通りかかった王子に連れられ、どこか別の国へ行ってしまったという。
以来、魔女が寂しがって作物に悪さをしないようにこの塔に村の娘を奉納するのが、村の慣わしとなったのだ。
森の奥の塔のてっぺん。
星空に一番近い場所に住まう娘。
だが、供物としての役割を担うとはいえ、食料は毎日運び込まれるし、欲しいものはなんだって手に入る。選ばれたときから塔の外には出られなくなるけれど、それ以外は不自由の無い生活をできるのが実際のところである。
それゆえ村の娘の中には自ら進んで奉納娘になりたいと、ときに志願するものもいた。
だが、どの娘を供物とするかは泉の占いで決めること。森の入り口にあるその泉には、ラプンツェルの魔女の魔力が宿っているのだという。その魔女の魔力の選んだ娘、それが今期のラプンツェルとなるわけだ。
しかしラプンツェルの役割とは、供物として日々を全うすることだけではなかった。
食料を運び込むのは村の男。
ラプンツェルの望みを叶えるのも男。
なぜならばその昔ラプンツェルがこの塔に招き入れた人間は、王子――つまり男だったからだ。
つまり、ラプンツェルである彼女たちは村の男の夜伽の相手も担っているのだった。実際、役割の比重としてはこちらのほうが圧倒的に高く、またそれこそがこの風習が村で廃れなかった所以でもある。
今夜も、また。
「ラプンツェル、今日は村でおいしい桃がなったから持ってきたぞ」
今宵現れたのは、村でも豪腕と名高かった少年。彼はいまや成長し、すっかり“ラプンツェル”の背丈を越えている。
「そう、そこに置いておいてちょうだい」
男は手近な棚に桃の籠を置くと、ひげた笑みを浮かべ彼女を見やった。
ラプンツェルはそんな彼をざっと見つめ、考える。
おそらく、逃げるのは無理。
この狭い塔には実はいくつかの隠れ場があり(おそらく歴代のラプンツェルたちによってこつこつと造られてきたものなのだろう)、ラプンツェルとなったこの娘も何度かはそこに逃れて夜を過ごしたことがある。
けれど目の前のこの男は明らかに自分より巨きいし、きっとすぐに捕まってしまう。逃げたら、どんなことをされるかわからない。
「ラプンツェル――いや、エレーナ、おまえ綺麗になったなあ」
「やめてよ、その名前の少女はもういないのよ」
「村中、おまえの話題で持ちきりだぜ」
そうして、いきなりベッドに押し倒される。
「どこが気持ちいいとか、どうすればイイ声が聞ける、とかな」
「…………どこまで正しいのかわかんないわよ、そんな噂」
「だからこれから確かめるん、だろっ」
あたしを抱くの、初めてでもないくせに。
しかしラプンツェル――エレーナのその言葉は、男の荒々しい接吻に飲み込まれた。
両腕を頭上に持ち上げられ、固定される。
「いやっ、あたしこんなの気持ちよくない……っ」
「ラプンツェル、のくせに黙れ…っ」
そう言うと、男は再び乱暴に体を押し付け、無理やり衣服に手をかけた。
こうなるともう男の人は止まらないことを知っている。
だからラプンツェルは抵抗をやめ、流れに身を任せ、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。
時折適当に声をあげ、男を悦ばせる。
だってそれが自分に課せられた、役割。
ああ、“ラプンツェル”に夢を持たせるような村の学校は、なんと罪作りな。
けれど、誰も彼も魔女の呪いが恐ろしいから、決して口出しはせぬ。
だからせめて、心だけは保っておこう。
……ああ、違う。
エレーナは揺すられながらふと思い出す。
彼。彼だけは、違った。
あたしを、大事にしてくれた。
今までに感じたことのない世界へ連れて行ってくれた人。
今、いったいどこにいるのかしら。
あたしの、王子様。
だから、ラプンツェルは今日も明日も、彼がのぼってくるのを期待して髪を垂らしてしまう。
いつか彼がのぼってきて、自分を御伽噺のようにここから連れ去ってくれるのだと信じて。
けれど彼はついに、彼女が今際のときを迎えても生涯訪れることは無かった。
当然であろう。
彼も村の男だったのだから。
ラプンツェルの髪は必ず垂らされなければならないのだ。