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スイートハート

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さっき寝ようとしたときに見た夢は、風邪引いてるのにひとりになってほっとしてるお前で、寝る前に見た日記のせいだなんて知ってるけどやけにムカついた。
終電にはまだ間に合う。
というか、行けばちょうど終電のなくなる今の時間こそ好都合だから、嫌な汗だけシャワーで流して、携帯ひっつかんで家を出た。

×

「逢いたいんだけど」
「え」
「今すぐ逢いたいけどだめかな」
「どこにいるの」

ぱぁんと後ろを通る電車の警笛が鳴った。
彼はその音を、携帯と自分の窓の外と、二つ同時に聞いたはずで。
それで十分で、彼が部屋から出てくるのに余裕のフリで手を振った。

部屋に入って、ドアを締めて、襟首をつかんで力任せに引き寄せる。
ムードなんていらない、そんなののためにするわけじゃないキスの仕方で唇を合わせる。
この前いっしょにいたときはマジであんな幸せな時間だったのに、俺といっしょにいる時間が減るとお前はほっとすんだ。
それは裏切りとは違う。
でも、それは俺が俺に言い聞かせんじゃなくて、本当はその声で聞きたかった。
聞きたかったよ、なあ。
俺はそれをひとつも云わないで抱きついた。

「どうしたの」
「別に」
「なにか、怒ってる?」

俺は抱きついたまま、首を横に振った。

「逢いたくなった、じゃだめなわけ?」
「だってどうせすぐ逢えるんだし」

また首を横に振る。
喉がかわく。たんなくて。
でもたんねぇのは俺だけで…ああもう。
もう一度、ほとんど一方的に唇を重ねながら俺は手さぐりでスイッチを探して部屋の電気を消すと、
そのままずるずると座り込んだ。
引き寄せる力の強さは変わらない、だからいっしょにしゃがむ体勢になる。

「どうしたの」

額をつけて彼は呟くのに俺は答えないまま、指先で彼のボタンをはずしていく。
といっても、シャツの下にTシャツなんて着てるもんだからちっとも脱がせてる感じしないけど。
こういう格好好きなのどうにかしろ、主に、俺のために。

「こういうことをしに来たの?」

違ったけどそう言うとまた理由を言わなきゃいけなくなる気がして、ずれまくったタイミングでうなづいた。

「そ」
「うそつき」

それだけが笑いをふくんだ声で、それがちょっと苦笑だったりもしてムカついたけど、そこから仕掛けてきたのはあっちだった。
求められるのは嫌じゃない。好きな相手ならなおさら。
…ちがうか、好きとか嫌いとかいうのちがくて。
彼だから。 

彼だけが。

×

「具合どう?」

薬を飲んでないというので、前にこの家用に買ってきた風邪薬(それまでは風邪薬もなかったのだ)と
水を渡してやると、飲んだ後彼はベッドに倒れこみ、上目づかいに俺を見た。

「おとなしく寝てたら治りそうだったけど…」
「…う」

さすがに罪悪感が。途中も何回か咳してたのを知ってるし。
彼は口の端で少し笑って、嘘だよ、と言った。

「こうなったらうつして治すのが一番かなぁ?」
「いや、俺も会社なんすけど」

時計はもう三時をまわっている。

「もう寝る?」
「うん。なんか落ち着かないけどね」
「落ち着かない?」
「あなたがいて、落ち着いたことなんてないよ。…ほら」

彼がゆっくり目線をあげる。残酷な台詞に、柔らかい声に、言葉をなくした俺を眠そうな目がとらえる。
手が伸ばされて指先は頬に触れた。

「こんなドキドキしてるもん」 

何度もあんなことしてるくせに、触れるたびにまだかすかに指先が震えるのは治らないみたいで、
俺はいろんなことを思った。
もう始発出てんじゃねぇのとか、ひとりにしてやったほうが寝やすいかもとか。
風邪は天敵だとか、仕事が滞るとか、俺は年上だしとか。
でも結局は、傍にいたいとか、いたいとか、いたいとかで。

「もうこんな時間で、もしかしたら寝つくのは明け方でね」

聞かせる気があるのかないのかわからない口調で、何かのはなしのあらすじを読むように彼は呟いた。

「ほんとならあなたが来る前には寝てたはずだから、睡眠時間は減って、
こんなことしてたら体力はもっとなくなって。熱は上がるし」
「…だから、わるかっ…」
「なんで恋人のことスイートハートって言うのか知ってる?」

急な話の展開についていけない。
彼のほうを見ると既に目を閉じていた。
呂律が回ってない。
呂律だけじゃない、言ってる内容もとりとめがなさすぎる。
きっと眠いんだ。風邪薬が変に効いてるのかもしれない。

「知らねぇよ」
「僕も知らないんだけど。甘い心臓て何?」
「…」
「…わかんないけど、あなたのせいで全身が心臓みたいだよ」

眠いなら、寝たほうがいいよ。
そう言うと彼は小さくうなづいて、俺の分の場所を開けるために壁に寄った。
開けられた分の場所に座って彼の残した水を飲んだ。
俺の手をつかんだまま彼は眠ってしまったようで、
気がつくと指先の震えが止まってて、
俺も空いたスペースに転がって眠ってしまうことにした。
喉は渇いてない、今だけ。
明日の朝になればまた渇くんだろう。
せめて、あんたの喉も渇けばいいのにと思う。

スイ-トハート。
あんたも渇いちまえばいいんだ。

<終>
作品名:スイートハート 作家名:裏壱