小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アリとキリギリス

INDEX|1ページ/1ページ|

 






目の前をアリたちの行列が通り過ぎていくのを、キリギリスはただ、うつろな目で見つめていた。



彼はとにかく、暇だった。正しく言うと、食事の後は暇だった。狙った獲物は逃さないことを信条にしている彼は、標的を捕まえる瞬間こそ神経を一心に集中させるものの、捕獲した後の集中力の切れぶりは他の直翅目の連中の笑いの種であった。

獲物を殺害したのち一人でにやにやして、いつまでも死骸を弄んでいる彼の横を、「あほらし。」と言いながらトノサマバッタが駆けていった。コオロ
ギは、「お前の酔狂ぶりにおれの感性が付いていかん。」と言ったきり、彼と顔を合わせることはめったになかった。しかし、当のキリギリス本人は、そんな事
態をいっこうに気にしていなかった。「むしろ、紛らわしい直翅目の奴らがいなくなると、おれの存在が際立って良いな。ていうか、もう、キリギリスって名前
がいいよな。なんて生き生きとした五文字なんだろう。発音するだけで活気に満ちあふれてくるようだ。たとえ生まれ変わっても、トノサマバッタなぞという、
馬鹿まるだしの名前になんかなるものか」などと思っていた。



そういうわけで、あらゆる直翅目の仲間から孤立したキリギリスは、食後のひとときをアリの行列を眺めることに費やした。もう何日もこれが日課だ。
今日、列の中のアリの一匹が、傍観していたキリギリスに初めて言葉をかけた。キリギリスはついさっき食べた獲物の前足の一部が歯に挟まっていることに気をもんでい
る最中であった。



「あなたは相当お暇なんですね。いったい、私たちの列なんか見て何になるっていうんです。」

「じっと見ていられるものならなんでもいいんだ。静止しているものを見るより、動きのあるものの方が飽きないってだけさ。別に、君たちの群れから
勤勉や真面目という理念を学ぼうなんてひとつも思ってない。現におれは真面目だからだ。真面目に狩りをしているから真面目にいま腹いっぱいになっている。
おれはキリギリスだからな」

「私たちは生きるためにこうしているんです。働きアリにとっては、生きること自体、流れ作業のようなものですから。そこに真面目や勤勉という言葉は似合いません。達成感がないのがもっともな理由です」

「《私たち》……!なんというアイデンティティの拡散だろう。君は、君自身のことを、一個の独立したアリだと思っていないのか?」

「私たちは一匹で生きていけませんから。私たちは連なり、それぞれが生を分け合っているアリなのです。一匹だけのアリは、アリではないのです。それは愚かで無力な浮浪者でしかありません」

「おれはひとりで生きていける。このように体も君たちより大きい。暇を満喫する余裕もある。そして何より、おれはひとりでもキリギリスだ!」



歯に挟まった前足が取れた瞬間、限りない幸福感と優越感がキリギリスを襲った。目の前に連なる弱者の前で、キリギリスは誇らしげに鳴いた。ギーッ、チョン。



「あなたにとって私たちは何の利益もないかもしれない、けれど、私たちにとってはあなたは大事な食料です。あなたが死ねば、私たちはあなたを食べます。その強そうに見える足もなにもかも、あなたが思うよりずっと簡単に分解されてしまうのですよ。」

おいお前何してるんだ、と、道から逸れてキリギリスと話していたアリが注意を受けた。アリは、もう戻らなくては、と言った。

「喋りすぎました。本当は私も、暇を満喫したかったのかもしれないです。」

キリギリスはもう少しこのアリと話がしたいと思った。しかし、列に入れば、もうこのアリと再会することは二度とできないかもしれない。

「待ってくれ。おれは、君のことをアリAと呼ぼう。君が列を抜けておれに話しかけてきたとき、君は確かに一匹のアリだった。アリAよ、おれは死なないぞ。再びお前に出会うときは、食料としてではなく、また確固たるキリギリスとして現れるからな。忘れるなよ」



アリAと名付けられた彼は、少しだけ笑みを浮かべ、ふたたび列の中に消えていった。





久しぶりに生産的なひとときを過ごせた、とキリギリスは満足した。おれ、めっちゃ頑張ったな。かっこいいこと言えたし、たかがアリに名前までつけてやった。次アリAと再会したら今度はなにについて話してやろうか。何を話してもおれはキリギリスだから絶対かっこうがつく。



そんなことを思っていると、突然彼の視界が闇に覆われた。雨でも降ってくるのだろうかとキリギリスが顔をあげた瞬間、みちゃ、という音とともに彼は全身に激しい痛みを感じた。



「やべ、なんか虫ふんじゃった」

「うわー、何それ。バッタじゃね?はらわた出てるし。気持ち悪。」



キリギリスの頭上では、彼よりはるかに大きな生物がが何やら二匹、話している。違う、バッタじゃない、おれはキリギリスだ……!

そう叫びたくても、声にならなかった。どんどん呼吸が苦しくなっていった。

二本足で立って歩く巨大な生物が去ったあと、ほどなくしてアリの行列がキリギリスの方へと進路を変更し始めた。彼は遠のいていく意識の中で、必死でアリAを探した。アリAはどこにもいなかった。


黒い集団は彼を瞬く間に取り囲み、いともたやすくその緑色の体を持ち上げてしまった。






作品名:アリとキリギリス 作家名:machiruda