イス、沈んだ都
海の奥底、青が紺に変わる場所にある都。たれかこの都を覚えているものは?翁が問うてあたりをみまわす。たれも手を上げない。うつむいて、指先や、足先を見ている。たった一人、笑みを浮かべた少年が声を上げた。
「イス、沈んだ都」
翁はそっと息を吐き、子供を見つめる。聡い子供。彼の将来はいかに。ほんの少し前(これは翁にしてみれば、という意味だ)、彼が生まれたとき、星を見た。彼は奇妙な星の下に生まれた。世界を救うか、滅ぼすか。選択権は彼にない。選択権を持っているのはまた違う星の下に生まれるこども。
「ものども、花の都を目指す前に、その都と双璧と歌われたイスを思い出せ」
イス、パリ。花がほころび鳥が歌う都。それはこの地から遠かった。人々はパリに思いをめぐらせた。しかし少年だけは、この国を憂いていた。貧しい国。死人の国。神の加護から遠ざかってしまった国。
イス、沈んだ都