傍観者ごっこ
「なに」
「狩りにいこう!」
「…死ねば?」
私には、幼馴染がいる。同じ病院で、同じ日に生まれ、なんの偶然か家まで近所だった為に気楽な両親達が交友を持ったのが全てのきっかけだった。別に、彼が幼馴染であることに異論はない。幼い頃から常に隣に居る為、私にとってきっと彼は必要不可欠な存在になっていたのだろう。高校まで同じ場所を選び、常に視界の先にはお互いがいた。高校入学と同時にそんな私たちの日常を割いたのは、二次元の存在と、彼女の存在だった。
「なんでだ?狩りにはロマンが詰まってるんだぞ??大型獣を倒して素材を剥いでいくあの瞬間なんて…!」
「…。ひとりでいきなよ。狩りくらい」
知ってるんだよ。あんたのレベルが相当高いってことくらい。そういって、私はまた雑誌に目をやる。
「二人で大型獣倒そうぜー。そっちのが楽しいじゃん」
「あーあーあー聞こえないー」
「お前の好きなフルーツタルト買ってきてやるから」
「…ホント?」
「聞こえてるじゃん!」
「聞こえてたら悪いか!」
今日も、また同じ日常が繰り返される。非日常なんていらない。退屈過ぎるこの毎日が、私にとって何よりかけがえのないものだった。
「…一之瀬、」
声をかけられて、振り返る。満面の笑み。…クソッタレ。馬鹿でかい溜息を吐いて、私は友人の為に席を立つ。
「どーぞ」
「あれ、李緒?」
「私、トイレ行ってくるから。その間、こいつの相手してあげてよ」
「別にいいけど…」
彼は彼女が苦手だった。私の友人であり、彼に恋慕の念を抱いている彼女が。積極的にアプローチをしてくる彼女にたじろぎながらも、なんとか話をまとめて二人で狩りにいくことにしたらしい。私はその様子を見届けて、教室を飛び出した。
「よー、李緒。何してんだよ」
「丁度よかった。先輩、十分ほど話しましょうよ」
「それって休みが終わるまでってことか?」
「だって志穂がまた康に絡んでるんですよ。私あそこにいたくない」
「そういうことか」
廊下に立ちすくんでいた私に話しかけてきたこの人は私の所属する軽音楽部の先輩で、志穂が康を狙っていることをしっていて、それでいて、気さくに話しかけてくれる人だ。
ぐしゃぐしゃと頭を撫ぜられながら、私は彼の後ろで待機している女子生徒を見やる。
「…あれ?誰ですか、その人」
「ん?ああ、栞。俺の恋人」
「え!彼女いたんですか、先輩」
「馬鹿にすんな」
「立花栞です。貴女…陽介の後輩の、一之瀬李緒ちゃんよね?」
「はい。あ、先輩が気に入らなかったらすぐに捨ててもいいんですよ。立花先輩くらい綺麗な人なら、他にももっといい人が…」
「ふふ。冗談が上手ね」
冗談。そういって笑う立花先輩に私はぞくりと背筋が凍るのを感じた。彼女は、そうやって受け流すことが出来るのだ。私とは違う。
「…じゃあ、彼女さんとの時間を邪魔しちゃ悪いんで、私、教室に戻りますね。お互いあと四時間がんばりましょう」
「いいのか?」
「多分大丈夫ですよ。スルースキルはある程度身に着けているんで」
「そうか…ならいいけどな。…溜め込むなよ?」
「はい。私、ストレスは毎日康で発散してますから」
私の笑顔のぎこちなさに気づいたらしい立花先輩が私と視線を合わせる為に少し屈んで、言った。
「事態は急いじゃ駄目よ?貴女がずっと彼を気にしてきたように、きっと彼も貴女を気にしているわ。他の人に靡いたりなんて、しないくらい」
「…でも私、志穂と友達でいたいんです。それなのに、康をとられたくもない」
「…そうね。それはきっと、当たり前のことよ。私だって貴女に陽介をとられたくないし、貴女という友人をなくしたくない」
「おいおい」引き合いに出された先輩が呆れたように笑う。
「でも、私と陽介の思いは違わないでしょう?だからきっと、貴女と彼も、違わないわ」
立花先輩の言葉に思わず涙腺が緩み、頬を大粒の涙が伝った。それを優しくハンカチで拭ってくれたのも、立花先輩だった。
「すいません…」
「別にかまわないわよ、これくらい。……ねえ、李緒ちゃん。最後に一つ約束してくれる?」
「…約束?」
「私は本郷陽太を一生かけて愛するわ。だから貴女も、一生かけて彼の隣にいてあげて」
さすが先輩の彼女。私が康を愛してなどいないことは最初から気づいていたようだ。
「…はい」
私は、康の隣に立っているだけでいい。私は、志穂の友人であるだけでいい。
だから、
私は傍観者の道を選ぶ(それが間違っていたとしても)