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NAMELESS OPERA

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-4-




 街のあちこちで一斉に松明が焚かれ始めた。


 時間が経つにつれて増える入国者の、騒ぎとざわめきは夜に向かって増すばかりだった。

 物乞いと化した巡礼達は軍隊的な厳しさで脇にどけられてゆき、子供連れの家族から優先的に入国許可され、後回しにされた者は力なく不平を漏らしていた。


 与えられる保護はしかし暫定的なものでしかないはずだった。


 千年王国と謳われたあのムーンブルクを、あたかも砂糖菓子で作られた城のように粉砕せしめた力を以ってすれば、サマルトリアとてどう持ち堪えられることか。



 カインは今では、民衆を見つめることを避けていた。


 その酒場の主人は、以前に一度立ち寄ったアレンを覚えており、応対にも喜びが隠せないようだった。
 素朴で信心深いこの初老の男にとって、彼の来訪はあたかも、何か希望をもたらすものであるかのように感じられるのだった。

「エルシィー!」
 彼は、自分の娘を再び引き合わせて印象付けようと大声で呼び、二階の部屋の鍵を持って来させた。

 十代半ばの少女は、予期していなかった再会に、はにかみながらも息を弾ませてアレンに鍵を渡し、笑顔で受け取ってもらえると真っ赤になって俯いた。

 アレンはエルシィに礼を言うと、背後に居るはずのカインを振り返った。


 カインの前には、入り口から殺到した男たちが、彼を取り囲むように立ちはだかっていた。

 先頭に居たあらくれが、急いで自分の頭から被り物を毟り取り、丸めて自分の胸に押し当てた。
 それに倣うように、背後に控えた者たちも、敬意を表す沈黙のまま一歩下がって距離を置いた。

「あんた……、いや、貴方様は……」

 カインは僅かに頷き返すと、自分が目をそむけていた屋外の群集を見た。

 失ったものに憧れるようなその眼差しは、およそ彼の年齢には似つかわしくないものだった。


「明朝には、ローレシアからも救援が来よう」

 アレンの言葉にカインが振り向いた。

「足に自信があるなら、真っ直ぐローレシアへの街道に向かうのもいい。ローレシアも全力を挙げて、サマルトリアに協力するつもりだ」

 明快な口調だった。

 アレンが口にすると、それだけで大人の男たちから、安堵の溜息が聞こえてくるほどだった。


「汝と、汝の行くところに幸運を」

 アレンの古い挨拶に、口々に答えが返ってきた。

「ルビス様と共に進まれますよう」
「殿下……」

 やはり、気付かれないまま動くことは不可能だった。
 しかし、彼等が、跪くような大仰な姿勢をとらないで居てくれることが有り難かった。

 そして、そこに居る誰もが、固唾を呑んで、カインからの言葉を待っているのが解かった。

 近年になって、サマルトリアの若き王子は、民衆にとって恐ろしい崇拝の対象となりつつあった。

 血筋に封印され眠っていたとされる魔法の力が、彼の代で初めて甦ったことも大きな要因であった。

 だが、崇拝の集まるところ、力も集中する。
 国王にとって、無視することのできない勢力となって成長するのに、そう時間はかからないと思えた。
 現在の静かな熱狂は、恐るべき起爆性を秘め、やがて民衆はロトの旗を掲げて国王の退位を求めてくることだろう。
 起こってはならないことだ―――。


「まだ名前を聞いてなかったな」


 あらくれは、別人のように小さく畏まった。

「へい、リオスってェケチな野郎で」
 ムーンブルクで鳴らした盗賊だとはとても名乗れなかった。

「騒動を鎮めてくれて礼を言う。その方らも―――」

 そこに居る全員が、視線を下に向けるという、礼儀正しい服従を示した。

「……サマルトリアに仕える者は、サマルトリアと滅びの運命を共にすることになる」

 アレンは驚いた。カイン自身から発せられた異端の言葉だった。
 そこに居て、耳にした者全員にとって、衝撃は更に大きいものとなってるはずだ。

「その方ら、庇護を得る代価として、何を支払うのだ?」

 突如投げられた問いに、悲鳴のような声が上がった。

「一ゴールドも持ってやせん!家族を連れて逃げるのが精一杯で!」
「後生でございます!」

「一人の人間には限界がある。たとえ王であってさえもだ」

 カインはそこで言葉を切って待った。

「俺らは力を合わせられます」

 リオスがたどたどしい敬語ながら、真っ先に答えられた。

 カインは頷いた。
「信仰と法律が対立するとき、その方はどちらを選ぶ?」

 リオスは自分がこれほど汗を流していることに愕然としていた。
 間違った答えは、逃れられない死を約束するように感じられた。


「聖なる教えに従います!」


 別の場所から声が上がった。


「罰する言葉ではなく、生きることを教え、導く声に従います」


 また別の場所からだった。


 リオスは座り込みそうになった。
 見知らぬ他人に助けられるという実感は、生まれて初めてのものだった。

 カインは、この現実の中で、暴力の要求からは離れたところで力を合わせようとする意識が、人々の中に浸透してゆくのを感じとった。

「力のあるものは、常に重いものを背負う。なし得る者がなすべきを果たす。これは、その責任において課せられる、汝らの義務となろう」

「殿下のお心のままに―――」
「仰せのままに―――」


 アレンは粛となった会衆を一渡り見つめた。
 この中でどれほどの人数が、カインの言葉にある別離の響きを聞いただろう。
 ここから立ち去るということは、どれほどのものを捨てることを意味するのか、彼等はそれとも何も聞かなかったのだろうか。

 カイン等がその場から離れ、階上へ姿を消しても、まだ呆然とその場を動けずにいる者も残っていた。

 リオスもまたその中の一人だった。そして、自分がやがて、ドラゴン軍団の襲撃を受けたサマルトリアの攻防戦に命を賭けることになることを、この時はまだ想像もしていなかった。



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